1 -絶望-
ここは人と魔法使いが暮らす平和な世界。
人同士での争いも、魔法使い同士での争いもない、豊かで平和な世界だ。
先祖たちの残した古い書物にもそう書かれているのだから、何千年という歴史の中、均衡が崩れた事などなかったのだろう。
自然を扱える私達は、人間の暮らしをサポートしていた。灯りがなければ陣を描いて人に渡し、病人が出れば薬草を作り手渡していた。また人間も穀物や野菜などを私達に贈ってくれ、互いを必要とし共存をして生きてきたのだ。
それなのに、だ。つい数分前に起こった爆撃は何だったのだろう。
ここ数年人間達の世界はみるみるうちに発展していった。昔はなかった物が溢れ、彼らの生活は便利になった――と教わった。そうすれば段々私達を頼らなくなってくるかもね、と寂しげに教えてくれた恩師の顔を思い出す。
だからと言って。
必要じゃなくなったからと言って。
これは、あんまりだ。
身体に蓄積したエネルギーを少しずつ使いながら、私はヨタヨタ歩きで外へ出た。
異臭。
玄関のドアを開けた瞬間に饐えた匂いが漂い、思わずドアを閉めてしまう。嗅いだ事は今まで無い。それなのに直感で私はそれが分かってしまった。
――物の腐った匂い。即ち死臭。
風の音も鳥の声もない静寂に、ドッドッドッ、と忙しなく動く心音だけが耳に届く。力が入らないことも、すっかり頭から抜け落ちてはいるが、私は意を決してもう一度ドアを開いた。
「これは、人間から魔法使いによる先制布告です。我々は既に魔法に頼らずとも生きていけます。共存だと言って我々を虐げてきた魔法使いに、報復の時がやって来たのです」
どこからか聞こえる声は、人間の技術によるものだろう。私達の伝達魔法に近いものなのだろうか。どうにかしてこれを止めなくては、と立ち上がり遠方の自然の力を手に入れようと、意識を集中させる。
「――! ダメ! 自然を壊せば、人間の住処もなくなるわ!」
思念で見えてきた映像には上空を覆う先程の黒い球体が。原理は一切分からないが、あれが自然を焼き払うのは目の当たりにしている。
どうにか人間にこの声が聞こえないのか叫んでみても、聞く耳を持っていないのか、受信するような技術を導入していないのか、反応はない。取り返しのつかない事になる前に急がなくては。
風に運んでもらおうと思い箒を手に取るが、130cm程の私の体すら飛ばす力がないのか、箒に跨いでも何も起こらない。絶望に立たされたような気持ちになり、更に倒れている魔法使い達を見、今さらながら恐怖から足が竦む。
「ミィ…シャ…」
か細く聞こえた私を呼ぶ声。直ぐに箒を投げ捨てて、私を呼んだ親戚の元へ向かう。遠い親戚だと言っても私を邪険に扱うことなく、優しく広い心で2歳の時から今、13歳まで育ててくれた、母とも呼べる人。
金色の髪に翡翠のような瞳。見る者が美しいと賞賛するほどに、綺麗な自慢の母様。
「母様!」
「ミーシャ…無事、ね?」
倒れていた母様の身体を抱けば、物凄く軽い事に気付く。母様の体重は50kg程の筈なのに、今持ちあげているのは10kg程だろうか。
ぞわり、と言いようのない不快と恐怖が全身を駆け巡る。
「ミーシャ…決して怨んでは、ダメよ…貴方は、たくさんの――愛情を貰って、産まれたのだから……怨んでは、憎んでは…ダメ…。いい子、いい子ね…ミイ…シャ…」
優しい母様。辛い時も悲しい時も、いつも太陽の様な笑顔を浮かべていた。最期まで美しく気高い母様。自身の体に異変が起きようとも、それが他者の所為だとしても。
私に怨まず生きろと、等。酷な事を言う。
「ッ、はい! ミーシャは、母様に教えて頂いた全て! 命を賭しても護り抜きます!」
ですからどうか、逝かないで下さい。
その言葉は母様には聞えなかっただろう。手の中で愛しき母様がゆっくりと砂塵になっていく。私達が存在するためには自然の力が必要だ。それがなくなれば、この世から文字通り消滅する。
砂塵となり、消えていく。
魔法使いの核――人間でいう心臓とも言える石だけがその場に残る。その石の色は様々で、使用する得意魔法によって色が異なる。
「あはは…やっぱり母様は、透明だったね」
透明にも近い白い石。治癒魔法を使う人によく現れる石――。他の魔法を使用していなければ色が混ざることもない。少しだけ白が混ざっているが、風や水の魔法を家事か何かで使ったのだろう。
「母様…貴方の魂を頂きます」
透明のガラス細工のようなそれを、私は口にゆっくりと流し込むようにして入れる。口に広がる甘い味。くどくないその味わいに、母様を感じると勝手に目尻から落ちる涙。
この石は食べることで魔法を引き継ぐ事が出来る。しかし誰でも引き継げるというわけではなく、故人が相手を心から尊敬や愛を持っていた人物でなければ引き継げない。
これを勝手に食べた者は、逆に猛毒となり想像を絶する痛みを伴い、一部の魔法が使えなくなるそうだ。
「母様…」
言葉で愛していると言っても本気で愛されていなかったら、勿論劇薬になる。しかし、ゆっくりと心の芯からあたたまる感触に、私は本当に愛されていたのだと実感できる。
母様の言うとおり怨まずに生きよう。
そして…この争いを、止めよう。
自然と私は箒に跨り空を飛んでいた。
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