第18話 幕間 D
人間と他の動物とで、命に違いがあるものか。
生命は平等だ、死も万物に与えられる。
だとすると、死んでも悲しまれない生き物は、他の生き物とは何が違うのだろう。例えばヤブ蚊は、誰もが見つけ次第に叩き殺す。台所をカサカサと這い回るアイツに対しても、似たような反応をする。ところが同じ昆虫類でも蝶は大切に扱われるし、カブトムシやクワガタは子供からの高い人気を誇っている。
何が違うのだろう。害虫や益虫で明確に区別されているならともかく、どちらにも属していない昆虫の中でも上下の別があるからな。
でも、立場が違えば、その行動には差異が出る。
そういうことも、ちゃんと知っているんだ。
例えば、農家にとってイナゴは害虫だ。丹精込めて育てた稲をダメにするものだから、できることなら目の前には現れて欲しくないと考えることだろう。しかし好事家などにとって、イナゴは良い味のする食材にすぎない。佃煮にしたそれを晩酌のお供にすることが大好きな人なら、イナゴのことを嫌うことはないだろう。
次に、話の方向を変えて考えてみよう。
昆虫と動物とで命の価値が違うのか。
そんなことはないだろう。
あってたまるか、と僕は思う。
それを論理的に説明しようとしたところで、学のない僕には言葉が浮かんでこないのが残念だ。だけど僕らが抱く感情と、社会を生きる人達が胸に秘める理念との落差は考えてみるまでもない。
犬や猫の死骸を発見して悲しむ人はいても、その悲しみを胸に抱いたまま生きていく人はごく僅かなのだ。例えばそれは、家族や親戚が死んだときでも同じだろう。立ち直る人間が当たり前で、心が壊れたまま起き上がることすらできない僕みたいな奴は除け者にされたまま喉が詰まって動けなくなるんだ。
泥の上に残った血だまりは、警察も処理しようとしなかった。いまや肉の塊となった犬を青い不透明なビニール袋に詰め込むと、彼らは無造作にクルマへと放り込んでしまった。死は衆目から逸らされて、社会は他を圧倒する生の力に溢れている。
この残酷で平等な世界に、叫ぶ奴はいないのか。
誰か正しいと言ってくれと、捻くれた声明を張り上げる奴はいないのか。
いつの間にかギャラリーがいなくなって閑散とした堤防の上で、僕は死体が残した血痕をじっと眺めていた。
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