第17話 本編 6 - 4
会話に乗り遅れること、数十分。
いつの間にか、瀬川さんと織田先輩は家から持ってきた地図を広げて捜索範囲の確認をしていた。お堅い警察サマは詳しいことを教えてくれないからなー、と織田先輩が本人達に聞こえるように喋っている。それを見て先輩のスネを蹴り飛ばす瀬川さんも含めて、警官たちは苦笑いしていた。探偵が事件を解決するにしても最終的には警察や裁判所の手を借りなくちゃならない。そう考えると僕等は一般人と何も変わらないし、むしろ現場を引っ掻き回す可能性がある点を加味すれば余計に厄介な存在というわけだ。彼等にとっては、頭を悩ませる存在なのだろう。
織田先輩を見ていると、それがよく分かる。
どさくさに紛れて先輩が犬の死骸を写真に収めていたのは恐れ入った。警察が回収した物品が何か、などもばっちり調査しているようだ。しれっとパトカーの真後ろに仕事用の乗用車を止めている辺り、彼は図太いのかもしれない。
颯爽と戻ってきた彼は、カメラに収めた写真を僕らに見せつけてきた。
「いいか瀬川、これをいきなり依頼人に見せると、大抵の場合発狂して料金を取り損ねる。仇間もしっかり聞いておけ、これから俺が人心掌握術を悪用した例を説明してやるから。よろしいか」
「すいませーん。あの、織田さんですよね?」
「あ? ……あー、見たことある顔だな」
声のした方向を見ると若い男性警官が近寄って来るところだった。現場を無暗に撮影したり、警察車両の出入りを邪魔するかのような駐車をしたから厳重注意が飛んでくるのか。身構えたが、彼の方が及び腰だった。
「あのー、探偵なんですよね。そちらの女性と青年も」
「そうだが? ま、俺の部下だがな」
瀬川さんが何か言いたげな顔をしていたが、そっと裾を引っ張って注意した。
個人的には、僕のことを少年ではなく青年と呼んでくれた彼に敬意を表したい。
「それで、少しばかりお願いしたいことがあるんですが」
「あ? 当然のように料金が発生するがよろしいか」
「いやホント見かけたらでいいんで。子供が行方不明になっているんスよねぇ」
「家出じゃないのか?」
「そうとも言い切れないみたいで」
「まぁ、あの死骸を見たら君達も不安にもなるわな」
文句を言いつつ、警官が差し出してきた紙の束をぶんどった。
体裁としては、子供を助けることで警察への貸しを作るとか、地域住民に有能であることをアピールして仕事を貰おうとか、そんなことばかりを例に挙げるはずだ。だが彼も、正義の味方の一人であることに疑いの余地はなかった。
ヒーローに必要とされるものは、理念ではなく行動なのだから。
「先輩、私にも見せてください」
「いいのか? 白骨死体の写真だぜ」
「いい加減にしないと手足縛って水に沈めますよ」
「うはっ、川の近くで言われると説得力が違うな」
先輩は紙を瀬川さんに渡すと、自分は話しかけてきた男性警官の肩を掴んでパトカーの方へ歩いて行った。まさか、料金の交渉をしに行ったのだろうか。天下の警察相手に大胆不敵すぎる。
「僕にも見せて貰えますか」
「いいよ。はい」
瀬川さんから手渡された資料に目を通してみたが、特に何の変哲もない少年が迷子になっているようだ。小学校四年生、趣味はゲームで友人との仲も良好。警察が探偵の手を借りたがるのだから余程の金持ちか何かの子供かとも勘繰ってみたが、そういうわけでもないらしい。近頃、犬猫の惨殺死体が増えていることを気にしているのかな。不審者を野放しにしていると警察の威信に関わるし。……深夜の散歩、控えた方がいいかも。
逮捕されちゃうからね。
添付されていた写真を見る限り、サッカー少年団に所属しているのだろうか。少年は青いユニフォームに身を包み、赤白二色のボールを脇に抱えていた。なんだか懐かしいなぁ、僕もサッカー部に所属していたからね。一度も試合に出たことはないし、途中から練習そのものに参加しなくなったけれど。
親しみを覚えたからと言ってこの少年が見つかるわけじゃないし、もっと情報が欲しいところだ。
顎に手をあてた先輩が、ぽつりと呟いた。
「昨日から行方不明、か」
「学校にも来なかった、ということは通学中に誘拐された可能性もありますね」
「でも、誘拐なんて滅多に起きるものじゃないし。どこかで迷子になった挙句、誰にも助けを求められずに……」
「暗い話はやめましょうよ、瀬川さん。織田先輩が帰ってくるまで、気分転換にちょっと歩きませんか」
また歩くのか、と瀬川さんは苦い顔になった。それでも歩き始めたあたり、本当に滅入っているのかもしれない。気分が沈んだときは動くに限る。闇雲に体力を消費して、何も考えられなくなる方がいい。
彼女の前に立って、事件現場から離れていく。犬の死骸から漂っていた死の香りも、それが遠く向こうの景色になってからは感じられなくなった。
他愛ない話をしながら堤防の上を歩いていく。堤内の土地を畑として運用している人も多いようだが、私有地なのか、国有地で勝手に栽培を行っているのか、その真相は定かじゃない。増水時は一部水没する地域もあるはずだが、この付近に住んでいる人はそれを明確に把握した上で耕作しているのだろうか。徒歩二十分以上離れた土地に住んでいる人間には、その場所が分からない。
そもそも、こうして口にするのは全部無駄な話かホラなのであって、僕等にとっては一円の利益にもならない話なのだ。それで楽しく笑えるなら、損得なんて考えなくてもいいんだけど。
人の手が入っていない、他に比べてやや低い土地に来た。
恐らく、この辺りは水がつくのだろう。刈り取った雑草などが無造作に積まれ、ところどころに山が形成されていた。そのひとつに妙な染みを見つけて歩み寄った。瀬川さんはぼんやりと冬空を眺めていて、僕の行動には気付いていないようだ。近くにあった熊手を使って、少しずつ枯草をどかしていく。
出てきたものに頷くと、僕は小さく唸った。
成程、染みの正体はこれだったわけか。
合掌をしたあと、熊手を元あった場所に戻した。白日の下に晒された――といっても、そろそろ夕刻だけど――猫を見ていると、瀬川さんが近寄ってきた。そういえばここまで一緒に歩いてきたのだった。
「悠一君、何をしているのかな」
「あー、ちょっと待って。これは、瀬川さんには見せられません」
「どういうこと? いいじゃん、お姉さんにも見せてよ」
「いや、だから――」
引き留めようとした僕を振り切って井戸の底の怪物を覗き込んだ彼女は、小さな悲鳴を上げてその場にしりもちをついた。現実のノイズから逸らした目を固く閉じ、外敵から身を守るように身体を丸めている。
好奇心は猫をも殺す。人間が心に傷を負わない保証もないんだぞ。
瀬川さんが目を逸らした場所には猫の死骸があった。首輪もないし、野良猫かもしれない。損傷と周囲に散らばった黄色いプラスチック弾を見る限り、エアガンか何かで痛めつけた後に捨てたのだろう。獣害を苦にした近所の人が殺したのか? だが、猫は畑を荒らさないだろう。
犯人を見つけた後、僕は何をするだろうか。想像して身震いした。
僕の中にも、悪魔は確かに棲みついているのだ。
この調子だと、行方不明の少年の遺体も僕が見つけてしまいそうだな。彼女は動けなくなってしまったから、先輩を呼びに行くのが先決だろうか。それとも、警察の人に「ここでも猫が死んでいましたよ」と教えてあげた方がいいのだろうか。あぁ、どっちもやればいいじゃないか。
気が重いけど。
生活態度や諸々の事情も相まって、僕も犯人候補の一人になるのは間違いないだろうし。
溜息を吐くと風が吹いた。
その寒さに身震いをして、くしゃみを漏らす。
太陽は、既に沈み始めていた。
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