第15話 二度目の人生


 意識を失った安藤は暗闇に包まれる感覚を味わった後、眩い光に包まれていった。まるで窓辺から漏れ出た日差しが、顔に差し掛かったような感覚だった。彼は目を見開く。意識を取り戻した場所は、星空山の麓にある自動販売機の前だった。


「ここは……」


 空は薄暗いが、まだ完全に夜には至っていない。なぜ自分がこんな場所にいるのか、安藤は状況を確認するため、周囲を見渡した。


「あ、あっ……」

「どうかしたの、あっくん?」


 安藤の隣には殺されたはずの彩の姿があった。会えないはずの人と再び会えた喜びで、安藤は彩の身体を抱きしめていた。


「い、生きていた……生きていた!」

「ちょ、ちょっと、どうしたの、あっくん?」


 彩は戸惑いながらも安藤を落ち着かせようと頭を撫でる。彼がいつもの平静を取り戻すのに、数分の時間を費やした。


「本当にどうしたの、あっくん?」

「白昼夢を見ていたんだ」


 安藤はこれから山に登ると、彩が殺されてしまう話や、その後、咲と自分も殺されてしまう話を、夢で見たとは思えないほどに鮮明に語る。


「怖い夢だったんだね」

「怖い夢だった。だからこの夢は正夢にしたくない」


 安藤は彩の手を力強く握る。


「天体観測は止めよう。このまま俺と一緒に病院に戻るんだ」


 幽鬼のような表情を浮かべながら、安藤は彩に請う。彼女はその願いに、首を縦に振って答えた。


「……そうだね。帰ろう」


 彩は天体観測に行けないことを残念そうにしていたが、それ以上に安藤のいつもと異なる様子を心配していた。彼女は安藤から握られた手を、強く握り返し、病院への帰路へとついた。


「病院の外には絶対に一人で出ないでくれ。あと屋上も駄目だ」

「屋上も駄目なの?」

「彩と俺は屋上で殺されたんだ」


 安藤たちは人通りの多い道を通りながら病院へと向かう。どうしても人の少ない道を通る時は、他の病院へ向かう人たちの後ろをついていった。


「夢の中の黒死病の仮面を付けた人は、いったい誰なんだろうね?」

「それは……死人病の差別主義者で殺し屋だと聞いた」

「ならどうして多くの死人病患者の中から私たちを殺したのかな?」

「それは……」


 最初は差別主義者なのだから、無差別的に殺しているのかと安藤は考えていた。だが本当にそうなのだろうか。無差別犯だとすると、どうしても説明のつかないことがあった。


「無差別ではないのかもな」

「うん。私もそう思う。だって相手を選ばないのなら、私たちを追って星空山まで登ってこなくても、星空病院にいる患者を狙った方が確実だもの」

「警備が厳しいから外にいる時を狙った可能性もあるが、病院の屋上にいる俺たちを殺したんだ」


 しかも銃を使って殺したのだ。銃声で人が集まるリスクを負ってでも、黒死病の男は安藤たちを殺したかったのだ。


「偶然屋上で待ち伏せしていた可能性も低いよね?」

「ああ。人の姿がない屋上に死人病患者が現れるまで待ち伏せしていたところに、たまたま俺たちが現れた。可能性としてはゼロではないが、限りなく低い」

「私たちを殺したい動機がある人……」

「赤崎絡みかもしれないな」


 赤崎は日本でも有数の財閥だ。社長令嬢と序列二位の安藤が死ぬことで恩恵を受ける人物は大勢いる。なぜなら序列二位が空席になると、序列三位の人間は序列二位に格上げされ、序列四位は序列三位となる。つまり安藤より序列の低い人間は、皆彼のことが邪魔なのである。


「まぁ、夢のことをいくら考えても意味のないことだよ。私はこうやって生きているんだし」

「……そうだな」


 犯人が誰か話していると、気づくと病院へと到着していた。


「ここまでで大丈夫だよ」

「俺も病院に泊まろうか?」

「大丈夫だよ。病室の中にさえいれば、安全だと思うし」

「分かった。なら今日は帰るよ」

「おやすみなさい。明日もまた来てくれるよね」

「必ず来るよ。彩の方こそおやすみ」


 安藤は思考を切り替え、自分の住む家へと帰る。彼にはどうしても確認しなければならないことがあったのだ。


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僕はゾンビの姉妹に何度だって恋をする 上下左右 @zyougesayuu

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