第13話 姉の残した遺書


 彩のお葬式は赤崎財閥社長の娘が亡くなったとは思えないほどに、参加者の数は少なかった。


 学校のクラスメイトたちの姿はない。学校に通っていなかったのだから親しい友人がいないのは当然なのだが、それでも一人くらいは顔を見せると思っていた。薄情だとは思わない。むしろ安藤としても彼女をゾンビ扱いしたクラスメイト達が死んで初めて友達のように振る舞う姿を見たくなかったので都合が良かった。


 彩の父親である光一の姿もない。唯一の肉親であるはずの父親が参列していないため、安藤が代理の喪主を務めた。どこまでも冷たい男だった。


 結局お葬式への参列者は病院の関係者と咲、そして安藤だけ。桜井曰く、死人病患者の最後はいつもこうなのだそうだ。


 淡々と進められていくお葬式。安藤は涙声になりながらも、立派に喪主を務めた。この日を一生忘れないと、彼は胸に誓った。


 お葬式が終わってから数日後、安藤は桜井によって病院に呼び出された。桜井の部屋には、彼の姿はなく代わりに若い女性がいた。髪を短く切り揃え、鋭い視線を安藤へと向ける。美人だが、気が強そうだと、安藤は印象を受けた。


「あなたが安藤くんね」

「はい」

「あの、桜井先生は?」

「いないわ。大事な話があるから外してもらったの」

「…………」

「私は平田。こういうものよ」


 平田は警察手帳を示す。彼女の階級は警部だった。


「年齢の割に随分と出世が早いようですね」

「一応キャリア組だから。若く見えるかもしれないけれど、結構オバサンなのよ」

「おいくつなんですか?」

「秘密。私が十歳若ければ教えてあげるんだけどね」


 小悪魔的な表情を浮かべながら、平田は警察手帳を仕舞う。


「さて、あなたに会いに来たのは――」

「俺を疑っているんですよね」


 拳銃で撃たれた彩を背負って病院へ連れ返ってきた安藤は、まっさきに疑われるべき容疑者だ。事情を聴取されるのが遅いとさえ感じたくらいだ。


「いいえ。あなたが犯人でないことは明白。なぜなら三日後に死ぬと知っている人間をワザワザ殺す必要がないでしょ」

「それは確かに……」

「だから犯人は彩さんの死期が近づいていると知らなかった人物ということになるわ」

「……俺は犯人を見ています」

「黒死病の仮面を被った男よね。桜井先生に聞いたわ」


 安藤は彩を連れ帰った時に、事情をすべて桜井に説明していた。ならば平田もすでにすべてを知っているという前提で語って問題ないだろうと結論付け、安藤は話を切り出した。


「犯人が逮捕されたんですか?」

「いいえ。どこの誰が犯人かは分かっていないわ」

「なら手がかりは? 何かないんですか?」

「ある……にはあるわ。手がかりと云えるかどうかは怪しいレベルの情報だけどね」


 平田は小さくため息を吐く。これから話す内容が気後れする話だと、彼女は態度で語っていた。


「死人病患者を差別する団体があるのは知っている?」

「はい。病院の前でもたまにデモをしてますよね」

「そういった差別団体の一つを運営する男を、以前逮捕して取り調べをしたことがあるの。そこで聞いた活動内容は主に三つ。一つはマスコミやネットを利用した死人病患者の評判を落とす活動、二つ目はデモや政治家への献金で、世の流れを差別に導く活動。そして三つ目が直接的な排除よ」

「直接的な排除?」

「ようするに暴力よ。中には殺害する者までいたそうよ」

「けどそれは……あまりに感情的すぎる」

「そう。理屈で考えれば死人病患者が一人死んだ程度で世の中は変わらない。けれどね、差別主義者は気に入らないから差別しているの。そこに理性があるのなら、自分の得にならない差別行為なんて元々するはずがないしね」


 安藤は平田の言葉に賛同する。もし差別が理性的に行われるならば、独裁者による特定民族の虐殺も行われなかっただろうし、損得勘定で考えれば、差別をしている時間があるのなら、その時間を労働に割いた方が自分の得になることは明白なのだ。


「で、そんな死人病差別主義者の中でも過激なやつらの中でも一際有名だったのが、黒死病の男よ」


 安藤は黒死病の男という言葉を聞き、胸が早鐘を打つのを感じた。


「私が持っている情報はこれだけ。だからもし安藤くんが何か情報を手に入れたら、この番号に電話して。必ず力になるから」


 平田は安藤に連絡先を書いたメモ用紙を渡す。


「学生の俺が情報を手に入れられると思っているんですか?」

「普通の学生ならこんなことはしないわ。けれど、あなたのご実家の力を使えば、もっと情報が手に入るかもしれない。そう思ったからよ」

「……実家を頼るつもりはありませんよ」


 少なくとも安藤はすぐに頼るつもりはなかった。娘の葬式に顔を出さなかった光一の手を借りることが癪に障るからだ。


「あとこれを渡しておくわ。桜井先生から預かっていた遺書。参考品として預かっていたんだけれど、もう調べ終えたから、あなたが受け取って」

「どうも……」


 遺書の表紙には「あっくんへ」と一言だけ書かれていた。子供の頃、彩は字が綺麗だと褒められていたが、高校生になっても、そこは変わらなかったようだ。安藤は遺書を開いて、中身を確認する。


『あっくんがこの手紙を読んでいるということは、私は既にこの世にいないのでしょう。私のお葬式はどうでしたか? 皆……お父さんの姿もありましたか? 来てくれたのだとしたらとても嬉しいと同時に、その姿を見れないのが残念です』


『あっくんは私のために泣いてくれていると思います。お父さんが来てくれるかどうかは自信がないけれど、これに関しては自信があります。あっくんは昔から泣き虫さんだったから……』


『あっくんと再開してからそんなに長い日を過ごした訳ではないけれど、私のことを気持ち悪がらずに、一人の人間として向き合ってくれたことや、私の身体を拭いてくれたり、お世話をしてくれたこと。一生忘れたりしません。もちろん死んだ後も、生まれ変わっても絶対に忘れません』


『私は天国からあっくんが幸せに生きられることを願っています。友達百人とは言いません。親友と呼べる存在を一人でも作ってください』


『あと彼女さんを作って、結婚して、幸せな家庭を築いてください。私が嫉妬しちゃうようなラブラブで素敵な恋人を期待しています』


『最後に咲ちゃんのことをお願いします。あの子は気が強そうに見えるけど、本当は繊細で誰よりも優しい子です。きっと私が死んでショックを受けていると思うので慰めてあげてください』


『追伸。恥ずかしいし自信がないから生きている間は伝えられなかったけれど、子供の頃からずっとあなたのことが好きでした。遺書で伝えるラブレターなんて最低だけど、どうかあなたのことを好きだった女がいたことを、一年に一度でいいので思い出してもらえると嬉しいです』


「彩……」


 手紙はそこで終わっていた。気づくと瞳からは涙が溢れ、握りこぶしに力が込められていた。


「俺が必ず、犯人を見つけてやる。そして――」


 黒死病の男に復讐してやると、安藤は心に誓う。彼の表情は恐ろしいほどに歪み、その姿はまるで化け物のようであった。


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