第11話 久しぶりの学校
次の日。一旦家に帰り就寝後、再び安藤は病院を訪れた。彩を一人で学校へ行かせることに不安があったため、迎えに来たのだ。
病室の扉を開けると、事前に準備ができていたのか、制服姿で身を包んだ彩の姿があった。白いブラウスにタータンチェックのスカートは、星空市の学生たちに人気のある洒落たデザインであった。
スカートの先から覗かせる透明な白い肌は、赤く変色し、まだら模様になっている。ブラウスから伸びる腕も同様に、白と赤が混じりあい、まるで人体模型のようである。
「やっぱり気持ち悪いかな……」
「ううん。似合っているよ」
赤の他人から見れば化け物と変わらない姿だが、安藤にとっては、彩が普通の学生のように制服を身に纏っているだけで何よりも嬉しかった。
「いこうか」
「うん♪」
安藤は彩の手を繋ぐ。力強く握られた手を彼女も同様に握り返した。
学校への長い道のり。道中で好奇心や嫌悪を含んだ視線を向けられることや、「ゾンビとゴリラ」と笑われることもあったが、安藤はまったく気にしていなかった。二人で学校へ向かう。それだけで何物にも代えがたい幸せな時間だった。
「ここが俺と彩の通う星空学園だ」
星空学園は星空市の中で最も学生の数が多いマンモス校だ。その広大な敷地と大きな校舎に圧倒されながらも、目的地である教室を目指す。リノリウムの廊下を進み、教室の前へとたどり着くと、既に約束していた人物が待っていた。
「遠坂先生。遅れました」
「安藤くんと……赤崎彩さんですね」
「そうです」
「初めまして、担任の遠坂です」
遠坂は礼儀正しく、生徒との距離感が近い教師だ。初めて会う生徒には分け隔てなく、握手の手を差し出すが、今回は手を前に出すことはなかった。
「さっそく教室に入りましょうか」
「はい」
彩は遠坂に先導され、教卓の前に立つ。安藤は自分の席に座り、様子を見守っていた。
「事前に皆さんに連絡しておいた通り、死人病で入院していた赤崎彩さんが学校に復帰することになりました。皆さん、拍手で迎えてあげましょう」
遠坂はパチパチと手を鳴らすが、誰も手を叩こうとしない。嫌悪を含んだ視線を彩へとぶつけていた。
「おめでとう」
安藤が場の空気を変えるために、人一倍大きな拍手を送る。すると何人かの生徒が拍手を合わせてくれた。
「では、赤崎さんは森永さんの隣に……」
「いや、絶対に嫌!」
森永と呼ばれた女子生徒が悲鳴のような声を漏らす。今にも泣きだしそうな表情を浮かべながら、彩が隣に座ることを拒絶した。
「森永さん!」
「もし死人病に感染したらどうするのよ! 絶対に嫌!」
「安心してください。死人病は噛まれなければ感染しませんから」
「噛みついてこない保証がどこにあるの? もし噛まれたら、こいつみたいな化け物になるのよ」
「それは……」
遠坂は黙り込むしかなかった。彼女が森永の立場であれば、死人病患者の隣に座ることを拒絶したであろうことを考えると、どうしても強く言い出すことができなかった。
「森永の言う通りだぜ。ここは人間の学校だ。ゾンビの学校じゃねぇよ」
お調子者の藤田がクラスの意見を代表するように、「帰れ」コールを煽り始める。彩を出迎える拍手とは比べ物にならないほどに大きな拍手が狭い教室に鳴り響いた。
「これが皆の総意だ。分かったらとっとと病院に――」
「おい、藤田」
安藤が底冷えのする声を掛けると、藤田は口をパッと閉じた。
「少し黙れ」
「で、でもよ。こいつの顔はどう見てもゾンビだぜ」
「お前の考えは良く分かった」
安藤は席から立ち上がると、藤田の机の前に立つ。そして勢いよく拳を叩き付けた。するとまるで瓦が割れた時のように、机が綺麗に二つに割れる。
「藤田の机がなくなったな。森永さんの隣に座ればいい」
「ならあのゾンビはどこに座るんだよ」
「俺と一緒に一つの机を使うさ。文句ないだろ」
「うげぇ。あのゾンビを肩を寄せ合って授業を受けるのかよ」
「おいっ!」
「冗談だって。安藤が納得しているなら俺も異論はない。森永さんもゾンビより俺の方がいいだろ」
「……マシだけど、私には近寄らないでね」
「酷いな~」
クラスに笑いが満ちる。遠坂は何とかまとまったクラスを見て、ふぅと息を吐く。彩は椅子を受け取り、安藤の隣に座った。
「さっきはありがとう」
「気にするな。家族だろ」
安藤が彩の肩に触れるような距離に近づくと、彼女も合わせて肩を近づけた。彩にとって初めての授業は難解であったが、それでも普通の高校生らしく授業を受けられることが何よりも嬉しかった。
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