第7話 真祖との出会い
光一との対談を終えた安藤は、光一を病院へと連れてこれなかった無力感を胸に、街灯と月光で照らされた裏道を歩いていた。裏道は死人が支配する群馬県との県境である壁に沿う場所に位置するせいか、人の姿はまったくない。彼が大通りではなく、裏道を選択したのは、他人であっても人と会いたくなかったからなので好都合であった。
化け物。光一から告げられた言葉は、以前から安藤が気にしていたことだった。美男美女の両親の容姿をいっさい受け継いでいない自分は、本当に彼らの子供なのかと。
安藤は頭を振って後ろ向きな考えを振り払う。いくら考えてもDNA鑑定でもしない限り、明確な証拠は出ないのだ。考えても結果が出ないのなら、その思考は時間の無駄にしかならないと結論付けた。
「……何の音だ」
突然、乾いた発砲音が安藤の耳に飛び込んできた。音の鳴る場所が壁の向こう側だと気づき、彼は今朝のニュースを思い出す。
「自衛隊の調査団が群馬県入りした事によるものか……」
きっと壁の向こう側では死人病患者と調査団が銃撃戦を繰り広げているのだろう。そう結論付けようとしたが、すぐに異変に気づく。壁の向こう側の音にしては随分と音が大きいのだ。
「まさか……」
安藤が音の鳴る方へと走る。そして一際大きな音が鳴る場所で足を止める。
「穴が空いている……」
群馬県との県境に建てられた巨大な壁に、人が一人通れるサイズの穴が空いていた。そして先ほどから鳴り響く銃声は、穴を通して、こちらに響いていたのだと気づいた。
「おい、そこの人間」
鈴の音のような声で、物陰に潜む誰かが安藤を呼ぶ。彼は恐る恐る物陰へ近づくと、そこには一人の少女の姿があった。
絹のように艶やかな金髪、血のように紅い深紅の瞳、シミひとつない新雪のような白い肌。まるで天使のようにさえ見える少女は白いワンピースを身に纏っている。そんな美しい少女は、腹部に傷を負い、白いワンピースを赤く染めていた。
「その怪我どうしたんだ? いや、それよりも大丈夫なのか?」
「大丈夫と答えたいところだがのぉ。我もこれほどの怪我を負うては無事ではない。助けてもらえると助かる」
「救急車を――」
「それは止めてくれんか」
「なぜだ」
「理由はこれじゃ」
少女は口を開いて歯を見せる。まるで牙のような歯が奥歯に生えている。安藤は死人病の特徴であることに気づくが、それにしては少女の姿がゾンビのように変わっていないことを不思議に思った。
「我は死人じゃ。しかもただの死人ではない。第四真祖アリス・フォン・アーカテック、その人じゃ」
安藤は息を呑む。アリスは自身を第四真祖だと名乗った。そして腹部の傷は自衛隊の調査団に敗れた際のものであることと、壁の向こう側から響く銃声が彼女を追っている調査団のものだと理解した。
「第四真祖の我が病院に行こうものなら、どうなるかは火を見るより明らかじゃ」
「…………」
「我を助けてくれ。もし助けてくれるのならば主に力を授けようぞ」
安藤には少女の言葉が耳に入っていなかった。神の如き力を持つ真祖の一人が、何があったか瀕死の状態なのだ。ここで殺しておくべきではないのか。それに何より彩と咲の二人を死人に変えた原因は元を辿れば真祖なのだ。
「俺の家族はお前のせいで死人病に感染した。そんなお前のことを救うことはできない」
安藤はアリスに背を向け、彼女を見殺しにすることを決めた。
「我を見捨てるのか? 我を救ってはくれぬのか?」
「…………」
「やはり我が化け物だからか……」
アリスが寂しそうな声を漏らす。その声を耳にした安藤の足は止まっていた。
「くそっ!」
安藤はアリスの傍に駆け寄ると、瀕死の彼女を背負った。
「お主、どうしたのじゃ?」
「助けてやる!」
「本当か? 我を助けてくれるのか?」
「助けてやるさ。ここで見捨てるようなら俺は嫌いな男と同類になってしまうからな」
赤崎光一は自分の娘を化け物だからと平気で切り捨てた。その非情さに憤慨していた自分が、アリスを真祖という理由で見捨てたのなら、それは光一と同類になるに等しい行いだ。
「お主、人間のくせに良い奴じゃの」
「ありがとよ」
「だから、これは礼じゃ」
そう口にし、アリスは安藤の首元に噛みつく。鋭い痛みが安藤を襲った。
「いったい何を……」
「目覚めればすぐに分かる」
安藤は血を吸われ、意識が遠のいていく。視界が真っ白になり、気を失うのだった。
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