第6話 赤崎財閥と御曹司
赤崎姉妹の父親である赤崎光一は赤崎財閥という日本の四大財閥の社長をしている男だった。正確には安藤の母親である赤崎朱音の婿養子となることで、現在の地位を手に入れた玉の輿だった。
光一は赤崎財閥の中でも最も優秀と云われた生え抜きの男で、サラリーマンから財閥の社長へと成り上がった。そのため部下からの信頼が厚く、同じ役員たちからも好かれているという。
だが安藤は光一が外面の良い偽善者だと知っていた。子供の頃から安藤のことを毛嫌いしており、その理由は単純に安藤の顔が醜いからである。美しいモノを好み、醜いモノを憎悪する光一は、死人病に感染するまでは娘たちを宝石のように大切に扱っていたにも関わらず、すぐに手の平を返し、突き放した。
正直、安藤も会わないで良いのなら極力会いたくないが、咲や彩のことを思い、感情よりも彼女らのことを優先した。
「相変わらず馬鹿にでかい建物だ」
赤崎財閥の社長たる光一が安藤との面会に希望したのは、彼の勤務するオフィスだった。星空市の中心に位置する赤崎財閥本社ビルは、周囲のビルよりも二回りは大きい。もっとも本社ビルを囲っているのは、これまた赤崎財閥関連の企業ビルなのだが。
「社長に会いに来た」
安藤は本社ビルの受付に座っていた若い女性に用件を伝える。
「あのね、僕。ここは会社よ。社長になんて会えるはずがないでしょう」
「上司はいないのか?」
「ここにはね」
「なら上司に安藤雄一が来たと伝えろ。そうすれば分かる」
「私も暇ではないのだけれど……」
「後悔するぞ」
「はぁ……仕方ないわね」
受付の女性が上司に名前を伝えると、電話越しから怒鳴り声が鳴り響く。女性の顔が二転三転し、電話を終えると一礼して、「先ほどは失礼しました。社長室へとご案内します」と、安藤の要望を受け入れた。
高層エレベーターを昇り、役員専用フロアに辿り着く。フロアすべてが社長室になっているフロアには、ただ一人の男が椅子に腰かけていた。
ダークグレーのスーツと高級時計で飾られた男は、赤崎姉妹の父親なだけあり、整った顔立ちをしていた。いかにもできる男という雰囲気を醸し出す光一の背後には、歴代の社長の顔写真が並び、自分もここに並ぶに相応しいと、自信に満ちた表情を浮かべていた。
「久しぶりだな、雄一。会えて嬉し――」
「社交辞令はいらない。光一が俺のことを嫌っていることは知っている」
「ふん。分かっているなら話は早い。私は君が嫌いだ。間違っても父親とは呼ぶなよ」
「奇遇だな光一。俺もお前のことが嫌いだから、互いに嫌いでイーブンだ。ビジネスライクな関係を徹底しよう」
「望ましい関係だ。それが何よりも素晴らしい」
光一は机の引き出しからワインボトルを取り出し、グラスに注ぐ。美味しそうにワインを口にし、大窓から見える景色を楽しんでいる。まるで安藤と会話する苦痛を少しでも和らげようとする代償行為のようだった。
「昼間から酒とは良いご身分だな」
「社長だからな。良いご身分さ。それに何より、雄一と会話するのに、シラフでなんていられるか」
「ここまで嫌われているといっそ清々しいな」
「で、何の用で私に会いに来た」
「その質問に答える前に一つ聞かせろ。どうして俺に会う気になった?」
「それは君が良く知っているだろ」
「なんのことだ?」
「惚けなくても良い。私のことを脅しているんだろ」
「だから何のことだ?」
「本当に分からないのか?」
「ああ」
「……なるほど。特に何の益も生み出さない不毛で不快な時間を過ごすために、私は今日時間を取ってしまったわけだ」
光一は馬鹿馬鹿しいと苦笑いを浮かべながら、ワインを口に含む。酒で不快感を流し込んでいるかのようだった。
「私は赤崎財閥の社長と云う地位についているが、これは薄氷の上に立っているに等しい。なぜだか分かるか?」
「…………」
「私は赤崎財閥の序列一位、赤崎朱音の夫だから社長という職に就いていられる。つまりだ。私の座る社長の椅子は朱音の存在がなければ、すぐに消え去ってしまう脆いものだ」
「光一も後ろ盾が皆無ではないだろ。亜美さんが残した遺産と人脈があるんだからな」
「序列一二〇位だぞ。社内での出世には役立ったが、社長の椅子を守るには役立たんさ」
赤崎光一の亡くなった嫁、赤崎亜美は、赤崎財閥の分家に属する人間だった。分家の中でも末端に位置する彼女は、赤崎本家とは血の繋がりもほとんどない、苗字だけを引き継いだ存在で、財閥内での発言力も、あってないようなものだった。
「雄一。私は君が嫌いだが、赤崎財閥において朱音に次ぐ序列二位の持ち主である君の要求を無下に断ることができない」
「そういや俺にも財閥を継ぐ権利があるんだったな」
赤崎財閥の発言力は対外的には社長や副社長と云った役員が握っているように思われているが、内実は大きく異なる。赤崎財閥において社長の地位は序列五位に相当する発言力を保持すると定められており、実質的な権力者はまだ上に四人も存在するのである。その内の一人が赤崎朱音の一人息子である安藤であり、社長にすんなりと会うことができた理由でもあった。
「で、嫌いな私に会いに来たんだ。何か話があるんだろ」
「娘の咲と彩のことだ」
安藤は如何に娘たちが悲惨な状況に置かれているかを説明する。彼女たちが病気で苦しんでいること、そんな中で父親である光一に会いたいと願っていることを伝える。
「娘たちに会ってくれないか。頼む、この通りだ」
安藤は光一に頭を下げる。彩と咲、二人のことを思うと、嫌いな光一に頭を下げることにも抵抗はなかった。
「それは序列二位の命令か?」
「それでも構わない」
「なら従わなければならないな」
光一の回答に安藤は頭を上げる。自然と口元に笑みが浮かんでいた。
「ただし――会うには会うが、私は醜いモノを見ると感情が表に出てしまう。娘たちを傷つけてしまうのではないか?」
「それは……」
光一の害虫を見るような視線を向けられて、二人は正気を保っていられるだろうか。ただでさえ精神的に病んでいるのだ。結果は火を見るよりも明らかだ。
「やはり来なくていい」
「それは助かる」
「ただし頼みがある。お前が娘を愛していたと伝えてもいいか?」
「ご自由に」
「あと机の上にある写真立て、貰ってもいいか?」
写真には二人の娘を抱きかかえる光一の姿が映っていた。三人が無邪気な笑顔を浮かべている。
「家族思いの社長のイメージを作るためだけに用意したものだ。代わりはいくらでもある。好きなだけ持っていけ」
「…………」
安藤は無言で写真立てを受け取り、鞄の中に仕舞う。
「何か娘に伝えたいことはないか?」
「何もないな。だが雄一、君には伝えたいことがある」
「俺に?」
「君は私が見たどんな人間より醜男だ。正直同じ人間とは思えない程にね。本当に朱音の息子なのか?」
「何が言いたい?」
「いいや。朱音は美しい顔立ちをしているし、君の父親、安藤隆平も負けず劣らずの美丈夫だった。にも拘わらず君が生まれた。私は君がキャベツ畑、いや群馬県で拾ってきた捨て子だったと云われた方がしっくりくるよ」
「……うるせぇ」
「では、同じ化け物同士、あのゾンビどもと仲良くやるんだな」
光一の嘲笑を耳にしながら、安藤は社長室を後にする。彼の胸中には不快感だけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます