第2話 お化け屋敷
「お化け屋敷はどうだったよ?」
翌日の昼休み。安藤が教室でコンビニ弁当を食べていると、お調子者の藤田が話しかけてきた。
「お化け屋敷ってなんのことだよ?」
「赤崎姉妹のことに決まっているだろ」
「おいっ!」
安藤が語気を強くする。普段大きな声をあまり出さないせいか、思った以上に声が大きくなり、クラスメイトたちの注目が集まる。
「すまん。声がでかすぎた」
「いや、俺の方こそ悪い。義理とは云っても家族だもんな」
藤田は安藤が怒ったことに驚いたようで素直に頭を下げる。一年に一度あるかないかの反省だった。
「で、体調はどうだったんだよ?」
「思ったほどは悪くないようだ」
「そりゃ良かった。ちなみに顔はどうだった? ゾンビみたいだったか? それとも美人だったか?」
「結局、お前の知りたいことはそれか……」
安藤と藤田の付き合いは長い。互いの性格も趣向も良く知っている。藤田がクラスメイトの心配をするはずがなく、ただ美人なのかそうでないのかを知りたいだけなのだと云う事を安藤は理解した。
「死人病だからな。昔とはやはり違ったな」
「そっかー。そうだよなー」
「美人だったらどうしていたんだ?」
「口説いてた。弱っている女は狙い目と云うしな。俺の顔とトーク力があれば楽勝だろ」
「イケメンは羨ましいな」
藤田のように男なら誰もが羨むような整った顔立ちで生まれたのなら、自分もまた違う人生を送れただろう。安藤は心底そう思った。
「あー、それにしても勿体ないよな。あんなに美人だったのに」
「二人と面識があるのか?」
「いいや、ない。けどさ、噂では何度も美人だと聞いていたから、やっぱり顔が見たくなるだろ。だから中学時代の顔写真を友人に見せてもらったのさ」
「驚くほど美人だったろ?」
「いや~、見た瞬間鳥肌が立ったからな~。写真でこうなんだ。実物を見たら気絶するかもな」
安藤は彩と咲が褒められているのを聞くと、自分のことのように嬉しくなった。
「死人病は治らないのか?」
「現状だとな」
「いつか治るといいな」
「だな」
藤田の願いは自己の欲望に忠実だったが、それでも安藤にとって、二人の完治を願う人が増えることは嬉しいことだった。彼が口の悪いお調子者の藤田と付き合っていられるのは、こういう自分の欲望に忠実なところを好ましく思っているからだった。
「そういや今日も病院に行くのか?」
「頼まれごとがあってな」
「頼まれごと?」
「本が欲しいと頼まれているんだ」
フランツ・カフカの『審判』を見せると、藤田は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「『審判』か。その本、五分で飽きたな」
「随分と早いな」
「女の子成分が足りないからな~。カフカの作品なら『審判』より『変身』の方が良いな。何といっても主人公の妹がツンデレで可愛いんだ」
「兄貴にリンゴをぶつけるような女だぞ」
「冷たくされるのも、また良いモノさ」
話に夢中になっていたせいか、気づくと昼休みが終わっていた。『変身』の中で妹のグレーテは主人公を見捨てたが、自分は絶対に見捨てないと心に決め、病院へ行く時間を心待ちにするのだった。
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