第十八章 <Ⅳ>

「リンリンとママ、めっちゃ足早いよね」


 息を切らした陽蕗子ひろこが丘の上を見上げる。


「あいつ、サッカーに興味ないかな?」


 青深はるみは部活に勧誘する気満々だ。


 山道みたいにり減った段々を登ってゆくと、木道がいったん途切れた。

 崖に沿って道幅のせまい舗装道路がうねり、そこからは幾分いくぶんか奥行きを持った平坦な畑がひらけている。

 道の先には、生垣に囲まれた屋敷が三四軒並んでいた。


「このあたりだったと思ったけどな」 青深が辺りを見回す。


 先に立ち止まったおじさんたちが、こちらに背中を向けている。

 背の高いパパが見上げているのは、盛大に枝をのばす、堂々たる楠木くすのきだ。日差しを陰らせるほどに常緑の葉を茂らせたこずえしに、草深い原っぱがみえた。

 その太い根に抱き込まれるようにして、人の背丈ほどの白っぽい岩が立っていた。楠の大木もこの岩も、なんだか結界を封じる門番みたいだ。


「このマスコバイタイトグラニット、ええとつまり白雲母しろうんも花崗岩かこうがんが我が家の門柱です。――ここが、りんと僕らの昔の家です」


 振り返ったパパの横顔が頬笑んだ。


「どうぞ遠慮なく」


 頭を屈めて、低く張り出した梢をくぐり抜けたパパのあとに続いて、あたしたちも楠木の門から、林の家に足を踏み入れた。


 柘植つげ山茶花さざんかに囲まれた広い敷地には、秋草が生い茂っていた。こんもりと茂る木立は、もとは立派な生垣だったのだろう。敷地のあちこちで庭木が豊かに枝をひろげている。沙羅しゃらの木も木槿むくげの木もあった。


 建物はなにひとつ残っていないが、ときおり草の葉陰から屋敷の土台らしき石がのぞく。十年前まで、ここに林とパパとママと、木槿さんとお母さんが暮らしていたんだな。――どうして、あたしが懐かしくなるのかな。


 しきりに黄色い枯葉を降らせる白樺の幹をめぐると、そこに林とママが手をつないで頬笑んでいた。

 いつの間にこんなに仲睦まじくなったんだ。反抗期は過ぎ去ったのか。

 二人の足元には、焦げたように黒ずんだ太い切り株があった。



 林のパパが、青空に両手をさしあげて万歳ばんざいした。


「おまえたち! 心配したじゃないか!」


 パパの両手が二人を抱きしめると、林が言った。


「お帰りなさい。パパ!」


「ん? ああ、ただいま!」 パパがまばたきして頬笑む。


 その耳元でママがささやく。「――ただいま。眞彦さなひこさん」


「え? ああ、お帰り。沙羅さら!」 


 パパが愉快そうに笑った。


「どうしたんだい、二人とも! 旅でもしてきたのかい?」


 林とママが、そろって楽しそうな笑い声をあげた。

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