第十八章 <Ⅲ>

「ねえ、はるみいー」


 甘えかかるように青深の肩に頬をよせて、陽蕗子ひろこがささやく。


「――いま、暗くならなかった?」


「かるくアセったよなあ。――あれ、五秒くらいか? ヤバかったよなー」


 青深がうさぎの頭をポンポンする。


「……五秒だったんだ」


 あたしと陽蕗子はチラチラと目配せしあう。


「おまえら、キャーとか叫んで、一瞬で気絶するのなー。そっちがアセったぜ」


 青深がゲラゲラ笑いながら、三段抜かしで木道の段を駆けあがっていく。


「あーん。待ってよおー」


「おまえら、トロいんだよ!」


 あたしと陽蕗子はたちまち取り残された。


「青深の鬼!」


「あたしたちはチームじゃないのか!」



 すると権平ごんだいら先生が足をとめて、優しい笑顔で振りかえった。


「いやいや。桐原きりはら靱負ゆきえも気にすることないぞ! 誰だってビックリするさ。むやみに動いて怪我なんかしなくて、ほんとうに良かったな!」


 先頭を突き進んでいたパパも振りむいて、笑顔で肩をすくめた。


「そうだとも! あの二人はどうかしてるよ!」


「それにしても俊足ですね! 二人とも!」


 先生が賞賛の眼差しで木道の先を見上げる。まだ100メートルはありそうだ。


「たしかにね――。僕は、とうとう捨てられたと思ったよ!」


 パパと権平先生が爆笑している。もうすっかり仲良しだな。この二人。


「ところで、博士はかせ! いまのは何だったんですかね? 不思議な現象でしたが――」


 権平先生が足を早めて、パパの隣に並ぶ。


「いやあ、まったくだね!」


「――失敗しました。動画を撮り損ないました! 写真一枚撮れなかった」


「おやおや、そいつは残念! ――実は僕もさ」


 また二人で肩をたたき合って笑っている。

 

「一時的な濃霧。火山性のガスや煙。推測として何が考えられるかな?」


「地球と太陽の間を隕石が通過した、というのはいかがでしょうか――?」


「うん! それはあり得るな! 昔の職場に問い合わせてみよう!」


「貴重な体験ができてラッキーでしたね! 私も調べてみます!」



 ――だから、怪奇現象だってば!


 なんでそんなに楽しそうなんだ、この人たち。

 それで、光るポンヌフは話題にならないけど、なぜよ。


 ――まさか。みんな、見てないの?


 あたしは、チラッと陽蕗子の顔をうかがう。

 気のせいか、ウサギが目をそらす。


「あのさ、陽蕗子。――ポ」


「ひっ!」 ウサギが跳ねる。月夜か。


「いや、あの。ポ――」 


「――ダメッ!」


 目がバッテンになったウサギが、イヤイヤをする。


「ゴメン! 聞きたくないっ!」


「う。……おっけー」


 ――見たんだね。

 そしたら、もう一人にもあたってみるか。


「――青深! 青深!」


 あたしは青深の袖を引っ張る。


「なんだよ? 時雨しぐれ、なに、コソコソしてんだよ?」


 青深が凛々しい男眉をしかめて、あたしをにらむ。

 なんでこぶしを固めるんだ。


「青深さ。――ポンヌフ、見た?」


「リンリンが持ってんだろ。――なんで?」


 ――ほら、やっぱり見てねえよ。


「ううん。なんでもない」



 この世界には二種類の人間がいるという。

 敢えて名付けるならば「ポの民」と「非ポの民」。

 青深は間違いなく「非ポ」だ。

 白銀しろがねパパとごんちゃんも、たぶん「非ポ」。

 ――前にもあったけどね。こういうシチュエーションのときって、非ポ系はたいてい見てないんだよね。


 ふと見ると、ポの陽蕗子がムンクの叫び・ウサギバージョンになっていた。

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