第十七章 <Ⅰ-2>
それはわずかなタイムラグ。
「ねえ、ポンヌフ。おねえちゃんは、どこから話しかけてくれてるの?」
果てしない暗闇を見渡しながら、林は背中の翼に問いかける。
二人は風に
「――どこ?」
ポンヌフが考えている。
「おねえちゃんは、あっちのおうちにいるよ」
「あっちのおうち?」
「うん。ポンヌフのシッポも、あっち。おなかと、おててと、あんよも」
「あっちって、どっち?」
「こっちじゃない方」
ポンヌフのはなしは、まるで要領を得ない。
「あっちに、おねえちゃんがいるの?」
「そうだよ。シッポも」
シッポのところに重きを置いて、子グマがつけ加える。
母の話では、ポンヌフのからだは、火事に巻き込まれて燃えてしまったらしい。
あっちのおうち、というのは、この世ではない別の世界なのだろうか。
夢でみた
「ポンヌフは、頭だけ、こっちに飛んで来たの?」
親友には申し訳ないけれど、想像すると、ちょっと恐い。
「ちがうよ。ポンヌフはずっと、こっち」
「そうなんだ――」
頭だけこっち。――それって、頭だけが火事から焼け残ったということかしら。
「あれって思ったら、シッポとか無くて。ぼく、しょっくだった」
子グマがかなしげにつぶやく。
「それはショックだよね」
林は気の毒な親友に同情する。「かわいそうなポンヌフ!」
「でもね。オショサンが見つけてくれたの」
「オショサン? ――って、和尚様?」
「うん。オショサン。シッポと、おなかと、あんよと、おててが無くなっちゃったから。ぼく、どうしよっかな? って思って、お
「ふんふん」
「そしたら、オショサンが来たの。ボクのこと見て、はじめは変な顔したんだよ。オンシュリマリのサラサラソワカーとか言って、ジャンケンポンみたいな手したから、ぼく、わあって、びっくりしたの」
「なにそれ」
林は吹き出した。コントみたい。わけが分からないけど可笑しい。
ポンヌフの翼に運ばれながら、林はおなかを抱えて笑った。
笑うと不思議に、体が光で満ちあふれてくるような気がした。
「ポンヌフは、あっちにもいるの。それで、こっちにもいるの」
子グマが得意そうに言う。
「あっちが、おねえちゃんで、こっちが、リンなの」
林が目を丸くする。
あの世と、この世を、自由に行き来できるぬいぐるみってこと?
「どっちにも行けるんだ? ポンヌフ、スゴイね!」
「まあねー。……ん? ……うん。 はーい!」
ポンヌフが、急にパタパタと羽ばたきはじめる。
急上昇した林は、あわててバランスを取る。
「うわ! どうしたの? ポンヌフ?」
「おねえちゃんが、急いで、だって」
純白の翼が風を切って羽ばたくと、暗闇にきらめく粒子を撒いた。
「え? いま言ってるの? 聞こえたの?」
「うん。ママが危ないって!」
「ママが? ――やだ! 急ごう、ポンヌフ!」
「おっけー!」
闇空をゆく林の耳元で、ひゅんひゅんと風が騒いだ。
行く手から、きな臭い匂いがどろりと流れてくる。
その匂いを嗅いだ林は、重く胸苦しい気配にたじろいだ。
「――あれはなに?」
闇の向こうに、薄ぼんやりと明るい場所が見えた。
「ポンヌフ。煙の出てくるところって、あそこじゃない?」
「う……。すごく臭い」
ポンヌフが鼻声で答える。
「――あ、誰かいる!」
ぼそぼそと話す声が、
「――なにか見えるよ」 林が
あれは
流し一杯の夏野菜。若いママとおねえちゃん。
大きな冷蔵庫。美味しそうなグラス。
――転びそうになって駆けだすママ。
林は顔色を変えた。――これは、あの日のママだ。それも悪夢。
ママの後悔が、さざ波のように林の胸に寄せてくる。
――ちがう! ママ、泣かないで!
ポンヌフが林を呼ぶ。
「リン。おねえちゃんが、ママを助けてって!」
林が叫ぶ。
「行こう、ポンヌフ! あそこに急降下!」
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