第十七章 宵待ち姫

第十七章 <Ⅰ-1>

「そんなの、ウソよ!」


 上空から、りんの声が高らかに響いた。

 沙羅さらは失いかけていた意識を取り戻す。


 柔らかな羽が、ふわりと沙羅のからだを包みこむ。

 林の腕が、闇の奈落へ落ちてゆこうとする沙羅を抱きとめた。


「ママが、そんなこと、するわけないじゃない!」


 林は大天使のような白く輝く翼を羽ばたたかせていた。




 母のからだを支えながら、林の凛々りりしい姿は、闇の中空なかぞらに浮かぶ。


「なんでママをだますの? おねえちゃんの真似なんか、しないでよ!」


 林は怒りに身を震わせて、相手をにらみつける。



(わたしは木槿むくげよ。――林。おねえちゃんのところにおいで)


 衣擦れの音をさせて、乙女が甘くささやく。



「ちがう! あんたなんか、おねえちゃんじゃない! どっこも似てない! 汚いニセモノ! あんたは、人の心を傷つけてもてあそぶバケモノよ!」


 林が激しく叫んだ。



 木槿むくげの姿をしたは、さっきまで沙羅がいたあたりから、林と沙羅をぼんやりと見上げている。

 闇の海に浮かぶ小島のような、その一所ひとところだけがほのかに明るかった。



「ママ! こんなの、みんな嘘なんだよ! あのバケモノが作った悪夢なんだよ! この煙は、あいつの毒なの。おねえちゃんが、ママやわたしに伝えたい思いを、ゆがめて、ねじ曲げて、怖い夢に変えたのは、みんなあのバケモノだったのよ!」 


 父に似た切れ長の瞳が、母の眼差しをとらえる。

 その腕は沙羅をしっかりと支えている。


「林。――なぜ? ……どうやってきたの?」


 沙羅の弱々しい眼差しが、頬を上気させた娘を見つめかえす。


「ここは、ママの夢だと思ってたのに――」


「ママがポンヌフを届けてくれたおかげ。――この翼はポンヌフなの!」


 林が頬笑んだ。

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