第十六章 <Ⅰ-2>
「わたしが約束を破ったから、おねえちゃんは怒ってると思ってたんだよ。夢に出てくるおねえちゃんは、いつも恐いから」
「それ、煙のせいだよ。ぜんぶ恐くしちゃうんだもん」
「――そうだったんだ」
あの露天商も子ども部屋の夢も、おねえちゃんのメッセージが怖ろしいものに
林の胸が、ふいに
「このまえ、ポンヌフと一緒におうちに帰ったよね? あのときのおねえちゃんは、ほんとうのおねえちゃんだよね?」
「そうだよ」
ポンヌフがふふっと笑う。「なんで?」
「どうして、なんにも言わなかったの?」
「なんか言って、恐くなるといけないから、なにも言わなかったんだよ」
――仏様が夢枕に立つときは、およそ、ものを言わんそうじゃ。
「そしたら、おねえちゃんは林を怒ってないの?」
林はいそいで
涙でポンヌフに心配させたくなかったから。
「なんで怒るの? おねえちゃんはリンが大好きなのに」
ポンヌフがふしぎそうに笑う。
あのとき、おねえちゃんは黙って頬笑んでいた。
「話しかけたいの、がまんしたんだって。――ヒントだけで」
「ヒント?」
「そう言ってたよ」 ポンヌフがクスッと笑う。
嬉しさが、春の泉のように涌きあがる。
あふれだす喜びが、林の全身を駆けめぐった。
「おねえちゃんは、わたしをキライじゃなかったんだ!」
どうしようもなく涙があふれて、林は天を
いまは暗闇しか見えないけれど、その先には青い空が広がっているはずだった。
胸のなかで新しい力が生まれ、ほんとうの自分が目を覚ました気がした。
「あたりまえじゃない。だから、はやくこの煙をとめに行こうよ!」
ふわりとポンヌフが舞いあがる。
「――わたし? わたしが止めるの?」
林は
「リンとポンヌフが、おねえちゃんを助けるのさ!」
闇の煙が渦巻く空で、ポンヌフが勇ましく叫んだ。
「でも……どうすればいいの?」
「煙の出てくるとこを見つけるの。リン。はやく行こうよ!」
「待ってよ、ポンヌフ。どうやって行くのよ?」
林は辺りを見渡した。
一歩踏み出すことも
わたしだって、
「無理だよ。わたしはポンヌフみたいに飛べないのに――」
林は情けない顔で子グマを見上げた。
するとポンヌフが、いかにも可笑しそうに笑いだした。
「リンってば、忘れんぼうだなあ」
子グマがフワフワと林の後ろに回りこんだ。
「え、なに?」
「そおれー!」
ポン!
丸くて柔らかい頭が、林の背中に勢いよく体当たりしてきた。
ふわりと林の体が宙に浮かぶ。
林の肩胛骨から、
「さあ、リン、行こう!」
翼になったポンヌフが叫ぶ。
――そうだ。わたしは飛べるんだった!
あの日のように羽ばたくと、林は空高く舞いあがった。
上空から見おろしても、一面の闇に変わりはなかった。
――しかし、それでもアプローチする方法はある。
林は鼻をあげて闇の煙を嗅ぐと、きな臭い匂いの流れてくる方角を確かめた。
「あっちだ! 行こう! ポンヌフ!」
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