第十六章 <Ⅱ-1>

 私が木槿むくげを殺した日。



 あの日は梅雨の晴れ間で、朝から忙しかった。


 二家族が三日分も溜めた洗濯物を洗い上げ、木槿親子の暮らす母屋と、自分たちの住む別棟の二階家の掃除がおわる頃には、正午になっていた。


 残り物で昼ご飯をすませ、風通しの良い子ども部屋で、娘をお昼寝させる。

 五歳になったばかりのりんは、汗ばんだ腕でポンヌフを抱いたと思うと、すぐに寝息を立てはじめた。





 母屋の台所で、沙羅さらと叔母が、畑で採れた野菜を洗っているところへ、ぶらぶらと木槿がやってきた。


「ああ、のどかわいた。なんかない?」


「ワンピースにショールなんか巻いて、どちらにお呼ばれだかね?」


 母親に嫌味を言われても、木槿は知らないふりをしている。


「別にー」


「親ばかりに働かせて。あんたも手伝いなさいよ」


「やだー」


「まったく。十六にもなって」


 沙羅はうつむいたまま、胡瓜きゅうりの泥を落とし続けた。

 反抗期の親子につき合っていたら仕事がはかどらない。


「ねえ、なんかないのー?」


「梅シロップが冷えてるわよ」


 叔母が手を動かしながら答えると、木槿は冷蔵庫をのぞいて首を傾げた。


「どれだか分かんないよー」


「あらそう? 沙羅ちゃん、出してやってくれる?」


 沙羅はため息をついて胡瓜きゅうりの浮いた桶をはなれる。

 自分で出してやればいいのに。


「どれ? おねえちゃん」


 冷蔵庫を開けると木槿が頬を寄せてくる。叔母がふふっと笑った。


「そうやって並ぶと、相変わらず双子みたいだねえ」


 すると、それまで仏頂面ぶっちょうづらだった木槿が、ふいに愛くるしい笑顔をみせた。


「そうだよ。おねえちゃんと木槿は双子なの!」


 沙羅の胸がチクリといたむ。

 こんなに慕ってくれる従妹いもうとを、うとましく思いはじめた自分が情けなかった。

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