第十四章 <Ⅲー1>

 杉木立を抜けてゆくと、小径の先にこけした五輪塔ごりんとうが立っていた。

 木漏れ日の降る山の斜面一帯がこのお寺の墓地だった。其処そこ此処ここに丸石で囲われた墓所が点在する。墓守をするかのような木の陰に古い墓石が何基も重なりあっていた。


 木槿むくげさんの眠るお墓は、かえでの樹に守られるようにして、ひっそりと佇んでいた。

 その墓所には「三日月みかづき家代々之墓」としるした墓石が大小四つ並び、その裏に卒塔婆が十数本立てかけられていた。三日月というのはママの実家の苗字だそうだ。


 地面につもった枯葉を掃除して、おけに汲んだ水で墓石を清める。

 権平ごんだいら先生の指揮のもと、みんなで働いたからたちまちきれいになって、林のパパとママに感謝されてしまった。――なんのこれしき。


「長年、よく手入れしてもらってるなあ」


 お線香に火をつけて、パパがつぶやく。

 いつか見た景色に連れ戻されるような、懐かしい匂いの煙が立ち登る。


和尚おしょうさまに御礼を言わないとね」


 ママが千尋縄ちひろなわの駅前で買った花を供えると、あたしたちは順番にお詣りした。


「おお、綺麗な花だね」


 袈裟けさを掛けた和尚様がやってきた。

 みんなが脇に退くと、和尚様はお墓に一礼してお経を読み始める。

 漢文の調べが森の空気に浸み込んでゆく。お線香が消えるまで、りんは墓石の前にひざまずいていた。



「どうぞ、お寄りなさい。お粗末なものだが、食事の支度をさせてあるから」


 和尚様に勧められて、庫裏くりの座敷に通された。

 奧から鰹出汁かつおだしのいい匂いが漂ってきて、おなかが鳴った。


「みなさん。よくいらっしゃいましたねえ」


 大きなお盆に湯気の立つお蕎麦をのせて出てきたのは、和尚様とよく似た笑顔の小さなおばあちゃんだった。顔も体も丸っこくてウズラみたいで可愛い。


「あら、大黒さん! すみません! それ、私が運びますから!」


 林のママがあわてて席を立った。林もあとに続く。

 和尚様の奥さんのことを「大黒さん」っていうんだってさ。――知ってた?

 ぼんやりしてたら青深に蹴飛ばされて、あたしと陽蕗子もお手伝いに走った。


「いただきまーす!」


 お蕎麦に入ってるキノコや山菜がものすごく美味しい。地元で採れたてなんだって。――来て良かった!

 行きの電車であれだけ食いまくっていた青深が、また新鮮な顔でむさぼっている。

 ――ええっ? 焼きお握りまで頂けるんですか?

 両前足でお握りを支えて笑っている陽蕗子ひろこが限りなくネザーランドドワーフだ。


「林ちゃんは、木槿むくげちゃんをおぼえているのかい?」


 食後にお茶とお菓子を頂いているとき、和尚様が訊いた。


「はい。――ときどき夢に見ます」


 林が和尚様の目を見て答える。


「ああ、夢か。木槿ちゃんは何か言ってたかね?」


 和尚様が目を細める。

 

「ええと……。言うときも、言わないときもあります」


 林が考えながら返事をする。


「そうか、そうか。――ものを言うたときは夢、と申してなあ」


 和尚さんが皺の寄った顔をほころばせた。

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