第十四章 <Ⅱ-2>

 車から降りると、暗く茂った木楢こならの梢越しに五重塔が見えた。

 すり減った石段を登ってゆくと、こけら葺きの山門がそびえている。

 雨風にさらされたがくに「ふんにゃら山むひょひょん寺」と揮毫きごうしてあったが、到底とうていあたしには読めない。(後で聞いたら「月岳山げつがくさん澄光寺ちょうこうじだって)


 高い敷居をまたぎ越すと、玉砂利を敷きつめた境内に入った。

 清々しい風が吹き抜ける。

 見上げるような公孫樹いちょうの大木から、黄金色の落ち葉が降ってくる。

 本堂の前でほうきを使っていたお坊さんが、こちらをふり返った。


和尚おしょうさま!」


 足を早めたパパが、年取ったお坊さんの傍らへ歩み寄り、低く頭を下げた。


「たいへん御無沙汰いたしました!」


「やあ、これは白銀しろがね君!」


 和尚様の顔がほころぶと、笑いじわが顔一杯に広がった。

 髪の毛はまったくないけれど、澄んだ瞳が若々しい輝きにあふれている。

 その顔を見ただけで、なぜだかほっと心が安らぐ。


「よくいらっしゃいましたな。先日も新聞で拝見しましたよ。御活躍ですなあ。ああ、沙羅さらちゃんも! よく来てくれた。変わらないなあ」


 和尚様のかすかにしわがれた声は耳に心地良い。


「うちのりんです。和尚様」


 ママが頬笑みながら娘を引き寄せる。和尚様が相好を崩して林の顔を見つめた。


「おやおや。大きくなったねえ。いくつになったの?」


 小さい子に話しかけるみたいだ。


「十六歳です。こんにちは」


 林が固い表情でお辞儀をする。


「そう。十六かい。そうか、良かった、良かった。ありがたいことだ」


 和尚様がたもとから数珠じゅずを出して、林にを合わせる。


 パパが権平ごんだいら先生とあたしたちのことも和尚様に紹介してくれたので、全員が一人ずつ拝まれてしまった。これで、あたしたちの成仏は間違いない。


「休みが取れたので、久しぶりにお墓参りに来たんですよ」


 パパの言葉に、和尚様の白い眉がやわらかく下がった。


「それはご苦労様です。わしも後ほどお参りさせていただこう」


 和尚様にほうきおけ柄杓ひしゃくを借りると、パパとママは本堂の裏手へ向かう。先生とあたしたちもその後に従った。

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