第十四章 <Ⅲ-2>

「初耳です! なんですか、それは?」


 パパが瞳をキラキラさせて尋ねる。


「おや、まだ聞かせたことはなかったか」


 和尚様がやわらかく頬笑む。


「ここいらの言い伝えでなあ。が夢枕に立つときは、およそ、ものを言わんそうじゃ。ペラペラしゃべるのは、おのれの煩悩ぼんのうがみせる泡沫うたかたの夢だそうな」


 りんが息を飲む気配がして、心なしか顔色が変わった。


「あら。――それって、叔母から聞いたことがあります」


 急須を手にしていた林のママが言った。

 ちょうど、みんなにお茶のお替わりを注いでいたところだった。


「昨日の夢に、一昨年おととし亡くなった隣のおばあちゃんが出てきたけど、いつもの調子でさんざん愚痴ぐちをこぼしてったから、あれは本人じゃないわね、なんて――」


「それは逆に本人らしいけどな。――あのおばあちゃんなら」


 パパが笑う。


「そしたら、夢に出てきたのが本人なら黙ってて、しゃべるのはニセモノってことですか?」


 青深はるみの問いかける横で、林がもじもじと坐りなおす。


「ニセモノは気の毒かもしれんのう。とくに意味の無い夢というところじゃなあ」


 和尚様が笑ってお茶をすする。


「面白い言い伝えですねえ。よそにもあるのかな?」


 権平ごんだいら先生も目を輝かせてメモを取っている。なぜ、この人たちは揃ってこうなのか。


「でも。せっかく出てきたのに、何も伝わらないんじゃないですか? ――何も言わなかったら」


 あたしが言うと、和尚様が膝をたたいて笑いだした。


「そりゃ、そうじゃ。その通りじゃなあ。何の為に夢枕に立つんだか、分からんなあ。うひひひひ」


「言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいんだ!」


 青深が強気に出た。


「出たら、一言も聞かずに逃げるくせに」


「なんだと、この野郎!」


「それってきっと、かまって欲しいんじゃない?」


 陽蕗子ひろこが仏様をフォローする。


「かまってちゃんかよ?」


「甘えて欲しくない。てか恐すぎる!」


 パパと権平ごんだいら先生にまでウケている。――よし。今日来てよかった。





「ママと結婚するまで、パパは、ここのお寺に下宿していたんだよ」


 駐車場に戻る道すがら、パパが林に話しかけた。

 夢の話が出たあとから、林はなんだか無口になって考え込んでいた。


「え、そうなんだ?」


 林が切れ長の目をまたたかせた。


「そして、あの夏祭りの晩にママと運命の出逢いをした!」


「パパ。やめて!」


 ママが赤くなった。


「そう言えば、こちらは奥さんの御実家なんですか?」


 権平先生がおそるおそる尋ねる。


「そうですとも。僕はれっきとしたマスオさんですからね!」


 パパがなぜか胸を張る。――そんな偉そうなマスオさんはいない。


沙羅さらの両親が、身寄りのない僕をそれはもう可愛がってくれましてね。ほんとうに優しい人たちだった。懐かしいなあ」


「そうでしたか……」


 権平先生がまぶしそうに頬笑む。


「――おじいちゃんとおばあちゃんの話、もっと聞きたいな」


 林がパパの横顔を見上げると、その肩をパパが抱きよせた。


「よし。今夜は思い出せる限り、すべて語り聞かせるからな!」


「え。――それはちょっと」


 ママが笑っていた。――そのときまでは。

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