第十四章 <Ⅳ>

「ねえパパ? さっきは和尚様と何を話していたの?」


 ママが、先をゆくパパに問いかける。

 そう言えば、あたしたちがお寺の本堂を見学しているとき、パパと和尚様は二人だけでなにか相談していたようだ。


「ああ、そのことだ」


 くるりと回れ右して、パパは全員が追いつくのを待つ。


「僕はデータを集めていた」


 パパがポケットからスマホを取り出した。


木槿むくげちゃんの亡くなったとき、第一発見者は和尚様だったそうだ」


 りんが目をみはる。――ママが立ちすくんでいる。



 ――まずは出来うる限りのデータを集めよう。そして様々な視点からアプローチするべきだ。一番大事なのは、真実を受けとめる勇気を持つこと。



「当時のことを聴かせてもらったんだ。――あの日は檀家だんかさんの法事の帰り道だったそうだ。日の暮れる頃、和尚様のスクーターが宵待ち橋に差しかかると、何かおかしなものが川に浮いているのが見えたらしい」


 パパが録音データを再生した。


 ――花束を抱いて水面みなもに浮かんでいたんだよ。


 スマートフォンから和尚様のしわがれた声が聞こえた。



   * * *



 顔を見るまでは、まさか木槿ちゃんだとは思わなかった。


 いったい何が浮いているんだろうと思った。


 橋の上からのぞき込んで、それが人だと気づいて、泡を食ったんだ。


 慌ててスクーターから降りて、河原へ走ったよ。


 浅瀬だからすぐに手が届いた。だが一目で、これはだめだと分かった。


 もう息がないんだ。


 救急車が来るまで、心臓マッサージなどしてみたが……。


 ……。


 まるで眠っているようにしか見えないんだ。


 木槿ちゃん、起きてくれと、何度も呼んだ。


 ……あれは、あれはね。


 家族でなくて。わしで良かったのだろうよ。


 ――申しわけない。わしが、もう少し早く通りかかったら――。


 木槿ちゃんのお母さんにそう言ったら、怒られたけっな。


 ――。


 木槿ちゃんが抱いていた花束かい?


 いや、そこまでは憶えていない。


 川へ流れてしまったんじゃないのかな。



   * * *


「和尚様の話は、林の記憶と一致するだろう?」


 スマホをポケットに収めてパパが言った。


「ああ、そうですね!」


 権平ごんだいら先生が勢いよくうなずく。


「まるで眠っているようだった、という証言が二つになった。これでどうやら裏付けがとれたようだ」


「それでは、林さんが木槿さんを見たときは、もう亡くなっていた可能性が高いですね」


 権平先生は気遣わしげに林の顔色をうかがう。


「後日家族にもたらされた死亡診断書にも、木槿ちゃんの死因は心不全としるされていた。――溺死ではなくて」


 パパの聡明な眼差しが、林のうつむいた横顔に注がれる。


「心不全ですか。――そうなると、林さんが大人を呼びに行っても……」


「うん。おそらく間に合わなかっただろうね」


 パパが手を伸ばして、林の手をぎゅっと握った。


「林。つまり、そういうことなんだ。――僕たちはもう悔やむのはやめよう」


「――うん」


 林がぼんやりと白い顔を上げた。

 二人の目はよく似ている。同じくらい寂しそうな目だった。

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