第十五章 <Ⅲ>

 沙羅さらのまわりに暗闇が戻る。

 あれほど燃えあがったかえでの大樹も、あの家も、どこにも見えない。

 ただ、何かがくすぶるような鼻をつく匂いだけが、あたりに立ち籠めていた。


 闇の深みから、髪の長い少女が浮かびあがる。


 濃紺の更紗さらさのワンピースに、純白のレースのショールを身につけている。


木槿むくげ……」


 沙羅さらは泥にまみれた身を起こした。


(おねえちゃん)


 死に顔の少女が、目を閉じて手をさしのべて近づいてくる。


 沙羅は思わず身を引きかけたが、震える手をのばし、その手を取った。


「木槿!」


 懐かしい従妹いもうとを両手でかき抱いた。なんて冷たい体だろう。

 沙羅の流す涙が木槿の髪にしたたった。


「ごめんね……木槿」


 一瞬でも怖いと思った私は、なんて冷たい女なんだろう。


「ごめんね。ごめんね。木槿。――助けてあげなくて」


 だが、沙羅は手のひらに違和感を覚えた。

 胸に抱いた木槿の、更紗のワンピースにもレースのショールにも、焦げ跡ひとつない。指先を滑るような黒髪も、あの頃のままにつややかだ。


「どうして? さっきの火事は……?」


(――あの火事で燃えたのは ポンヌフの手と足とおなか)


 沙羅の胸に顔をうずめたまま、木槿がつぶやいた。


(――おねえちゃん。ここは、おねえちゃんの夢よ)


「私の夢――?」


 背筋がゾクリとうずく。木槿の冷たいが、沙羅の手首をつかんだ。



(――でも、おねえちゃんが木槿を殺したのは夢じゃないよ)

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