第十三章 <Ⅴ-2>
「よし! こんなものかな」
パパが書いたフリップ代わりのノートには [ 視覚情報の流れ] と題されて、こんなことが書かれていた。
光(刺激) →
◎20% ✕ 15% =3%
「では、最初からもう一度――」
――ひえええええーっ!
「『見る』とは、眼球の
――いや。さっぱりですよ。さっぱりダメだってばよ!
「この時、視床の受け取る視覚情報は、全情報量の20%である。――さらに大脳皮質の
「――パパ、よくわからない」
てか、全ッ然、わからない。だれか、助けてー!
「つまりね――」
「目で見た画像がダイレクトに脳に伝わるんじゃなくて、脳が『これは机で、あれはイスだよなー』とか認識してはじめて『見えた』ことになるんだよ。――って、
「きゅーん」
吹雪の山で遭難したようなあたしたちの顔を見渡して、権平先生が頭をかいた。
「ええっとね、だから――。チラ見した情報に、脳がやたら盛ってくるんだよ!」
「盛るの?」
「お、目が生き返ったな。取りあえずそう考えてくれ。――この説明自体がかなり盛ってるけどな」
先生が苦笑いする。
「桐原は絵を描くから分かるだろう。――例えばリンゴを写生しようとするよな。リンゴなんて見慣れているはずなのに、いざ描こうとすると難しくないか?」
「あ、それ! ――あれ、こんなんだったっけ? っていつも思う!」
「日常生活では、目がチラ見して『これはリンゴだ』と脳が判断すると、二度見はしないからだよ」
「そいうえば、イチイチ細かいところまで見てないかも」
先生の授業が始まってから、おなかを抱えて笑ってたパパが、解説を添える。
「人間が毎日、目や耳や五感から受け取る情報はとてつもない量なんだ。だから、イチイチ受け取っていたら、脳がパンクしてしまう。そこで脳は
「おお! なんか分かったかも!」 「そうなんだー♪」
「はい!」
「はい。
「ということは、初めて目にするものは、見えないってことですか?」
パパがうなずく。
「そうなるね。ただし、おおかたのものは、これが何かわからないけれども、以前に見たことのある別の何かに似ている――と関連づけて認識するんだよ」
「つまり、ものを見るためには、ある程度の経験が必要だということですよね」
権平先生が補足する。
「そうなんだ。だから僕らは、こうして並んで、あの木をみているけれど、それぞれの脳が見ている木は、同じではないんだ」
「なんだか切ない……」
あたしがつぶやくと、パパの大きな手が伸びてきて頭を撫でてくれた。
「僕も同感だ! しかし、実にそこが愛しいじゃないか。人間ってやつは」
「あれ……?」
林が首を
「そしたら、まだ経験の足りない小さい子は――」
林の言いよどんだ先を、権平先生が引き取る。
「――自分の見たものを認識できないこともあるかも知れないね」
「そうなんだ……」
林がため息をついた。
「そして、林の見たものが仮に真実だったとしても――」
パパはフリップをふせる。
「さらに様々なパターンが想定される。例えばそのとき、
「科学者は謙虚であれ。――ですね?」
権平先生の言葉に、パパが大きくうなずいた。
「その通り。希望や憶測でものを語ってはならない。人間とは
ここまで語って、パパがクシャクシャッと顔をほころばせた。
「――というわけです。さて出発しようか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます