第十二章 <Ⅲー3>
「ある時、ふいに思い出したの。あの家で、ポンヌフとおねえちゃんに誓った約束を――。そんな大事なことを、自分がきれいさっぱり忘れて、楽しく暮らしていたんだって、すごくショックだった。きっと二人とも、わたしのこと、怒ってるだろうなと思った。今頃になって思い出したって、なんにもならないし、もう二人はいないんだけど、――自分って最低な奴だと思った」
あたしは胸が詰まりそうになった。
「――ちがうよ。リンリン。そんなことない!」
「そうだよ、リンリン!」
陽蕗子がポロポロ涙をこぼしている。
「――
青深の
「――そしたらね。あの日、わたしが入院した日。夢におねえちゃんとポンヌフがでてきたの。あの家で二人とも笑ってたの。あれからずっと、あの場所で、わたしのことを待っててくれるんだって思った。だから――わたし、帰らなきゃって思ったの。きっと帰るからねって、もう一度、二人に誓ったの」
うつむいた林の顔を、黒髪が隠した。
「わかった! リンリン! わかった!」
号泣する青深が、林の肩を抱いた。
「行くぞ! リンリン! 行こう! それは行かなきゃダメだ!」
抱きしめられながら、林が「え?」とつぶやいている。
「行こう! リンリン、行こうね!」
青深の背中にすがりついて、陽蕗子も泣き崩れている。
先に周囲にここまで泣かれると。泣き遅れたあたしがいる。
――ねえ、あれって、ポンヌフだよね?
「――なるほどなあ」
振り向くと、座席から立ち上がったパパが、麻のハンカチで目頭を押さえていた。
「それで、林はそんなに葛籠谷に行きたがってたのか」
パパは後ろを向いて鼻をかんだ。
「パパッ? いつ起きたの?」
林が顔を真っ赤にする。
「トランプやってた声が、妙に静かになったあたりだな」
「それって最初からじゃん!」
「ごめんな、林。今まで、そういうはなしを聞いてやらなくて」
パパが赤くなった目で、林に柔らかな眼差しをおくる。
「できなかったよ。だって、ママが……」
林が切れ長の目を伏せる。
「――そうだな。木槿ちゃんの話をするのは、ママが嫌がってたもんな」
林の肩に、パパが大きな手のひらを置いた。
「ママは辛かったんだよ。おそらく、誰よりも。だって、ママと木槿ちゃんは、双子みたいに仲が良かったじゃないか」
「――そうね。そうだったよね」
林が素直にうなずく。
そのとき、線路が大きくカーブして列車が揺れながら速度を落とした。
車内アナウンスが、間もなく終点・
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