第十二章 <Ⅲー2>

「――幻?」


 あたしはちょっと背中が寒くなった。

 陽蕗子ひろこも同じらしく、隣でもじもじしている。――かわいい。


「そこんとこを詳しく――頼む」


 青深はるみが腕組みをする。こいつは実はオカルトに弱い。


「――うん。その家に住んでいたのは、わたしとパパとママと、ママの叔母さんとその子ども――木槿むくげちゃんっていう高校生の女の子の五人だったの」


 林は指を折って説明する。


「木槿ちゃんとわたしは仲良しで、おねえちゃんって呼んでた。その、おねえちゃんが――引越す少し前に亡くなったの」


「ええっ?」


 思わず、あたしの声が大きくなって、青深にはたかれた。


「なんで?」


「近くの川で――。足を滑らせて落ちたんだろうって。見ていた人はいなかったみたいだけど……」


 林が顔を強張こわばらせてうつむく。


「――かわいそう」


 陽蕗子がすかさず涙ぐむ。青深も目をうるませる。

 ――あたしは二人の反応の早さについて行けない。


「あの頃、わたしには悲しかった記憶が無いの。――小さかったからかなあ? よく覚えてないんだけど、それまで通りに、いつもおねえちゃんがそばにいるような気がしてた。――もう、どこにもいないのに」


 林が寂しげに頬笑んだ。


「だから、うちが引越す日に、ポンヌフを家に置いてきたの。一人でここに残る、おねえちゃんが寂しくないようにって」


「ポンヌフ?」


「うん。ぬいぐるみの名前。おねえちゃんが作ってくれたの。すごく可愛い子グマだった。その火事で燃えちゃったけどね」


 あたしたちは顔を見合わせた。


 ――それって、アレだよね? 言う? ここで言うべき?


 林はあたしたちの反応に気づかずに、うつむきがちのまま話している。


「ポンヌフとおねえちゃんに、きっとすぐに帰ってくるからねって、約束したのに――。そのあと火事になって、みんな、燃えちゃって――」


 林の声がかすかに震えている。


「パパとママに、あの場所に帰っても、もう何も無いんだってよって言われて、わたし、帰るのを諦めてしまったの――」


 陽蕗子が悲しげなため息をもらす。


「そのうちに、わたしはすっかり忘れてしまったの。あんなに帰りたかったのに。約束したのに。大事なポンヌフを。おねえちゃんを――。なにもかも。もう、おねえちゃんの顔も声も思い出せないの。――どうして忘れられるかな? あんなに大好きだったのに」


 つかの間、林は両手で顔をおおったが、すぐに顔をあげた。


「それが、中学生を卒業する頃になって――」


 林の横顔に、ふと暗いかげりが差し、言葉が途切れた。


「……」


「リンリン、どうかしたのか?」


 青深が気遣うと、林がはっと顔を上げた。


「ごめん、大丈夫。それでね――」


 林はまた話し出した。

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