第十二章 <Ⅲー1>

 青深はるみが唐突に唇に人差し指をあてる。

 それまで笑い転げていた、あたしは思わず息を止める。――く、苦しい。


 トランプを置いて、青深がそっと立ち上がる。

 足音を忍ばせて眠っているパパに近づくと、寝息をうかがった。

 りんのパパは胸に腕を組んで、顔に麻のハンカチを広げている。

 長い足を伸ばして、完全に眠っているように見える。


 青深は音を立てずに戻ってくると、声をひそめて林に話しかけた。


「リンリン。いまなら聞いてもいいか? この旅の理由を」


 林がはっと目を上げて、青深の目を見る。そして、うなずく。

 青深に手招きされて、あたしたちは座席から身を乗り出し、お互いの顔を寄せ合った。


葛籠谷つづらだにには、わたしが五歳の頃まで育った家があるの。といっても、その建物はもう無いんだけど――」


 林は伏し目がちに話し出した。


「その家は、うちの家族が引越した後で、火事になって燃えてしまったの」


「ええっ、火事?」


 陽蕗子ひろこおびえて目を見開く。――落ち着け、ウサギ。


「そう。そのときはもう誰も住んでいない空き家だったんだけど――庭のかえでの樹に雷が落ちて、それで火事になったんだって」


 あたしは落雷の轟音ごうおんを聞いたような気がして、ドキドキした。


「リンリン。――元の家が無くても、そこに行きたいのか?」


 青深が眉を寄せて尋ねる。


「うん」


 林が唇を結んで、うなずく。


「あの家を引越す日に約束したの。必ず帰ってくるからって」


「誰と?」


 陽蕗子が訊くと、林がとても困った顔をした。


「――どうしたの?」


 林はうつむいて、手のひらで頬を覆った。


「――えっと。……すごくバカみたいな話なんだけど。みんながもし、キモイと思ったら、この先はもう、つきあってくれなくていいからね」


「おまえ、なに言ってんだよ。ここまで来て!」


 青深がスゴむ。


「全然平気だよおー」


 陽蕗子が頬笑む。


「むしろ楽しみなんだけど」


 あたしは本音しか語らない。


「ありがとう」


 林は目をうるませて頬笑み、口を開く。


「そのとき約束した相手は――。わたしが大事にしてたぬいぐるみと――わたしが大好きだった人の――幻なの」

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