第十五章 お帰りなさい
第十五章 <Ⅰ>
黄色のSUVが景色を味わうように、ゆっくりと坂道を下ってゆく。
紅葉の森に囲まれた田畑と家々は、まるで昔話の隠れ里のようだった。
稲田を見おろす山の傾斜地に、野菜畑や果樹園や木立に囲まれた家が建っている。
屋根のあるバス停の向こうに、小川にかかる木橋が見えてきた。
「あれが、さっきの話にでてきた宵待ち橋だよ」
パパが指差して教えてくれた。
「あれ? 高校のそばにも宵待ち橋ってあったよね?」
「あった、あった。サイクリングロードのとこ!」
あたしたちがはしゃぐと、パパが笑った。
「同じ川の上流と下流だから、なにか
「あ、水車小屋だ!」
「どうした? 林?」
林の顔がひどく
ママが心配そうに娘を振り返った。
「パパ、ここで止めてくれる?」
唐突に林が運転席に声を掛けた。
「いいとも」
パパが
車から降りた林が、細い首をめぐらせて辺りを見渡した。
「我々も降りようか」
「あ、トンボ!」
陽蕗子が空をゆびさした。
「わあ、いっぱいいるねー」
コトン。コトトン。コトン。
コトン。コトン。コトトン。
水車が回っている。
トタン屋根の水車小屋が、小川の堰の入り口に建っている。
その屋根を見上げた林が、泣き出しそうな顔で振り返った。
「夢で、ここと同じ景色を見たの。――わたし、やっぱり変なのかな?」
パパが朗らかに笑った。
「それは憶えていても、おかしくないさ。この辺りは昔とほとんど変わらないからな。林も子どもの頃に何度もここに来たんだから」
「――そうかな?」
林は不安そうに視線を流し、ふと水車小屋の扉に目をとめた。
扉の上の釘に四角いランタンが掲げてあったが、火は灯していなかった。
コトン。コトトン。コトン。
コトン。コトン。コトトン。
「あのランタンも、夢でみたわ」
林の白い指がランタンを差した。そのときだった。
消えていたはずのランタンが、チカチカと点滅したと思うと、真昼の光が一瞬でそこに吸い込まれた。
自分の手のひらさえ見えない。ごうごうと地鳴りのような音が
――どうしよう! だれか助けて!
あたしの悲鳴が、いくつもの悲鳴と重なった。
「林! どこなの? 林!」
ママが狂ったように娘の名を呼んでいる。
「
パパの張りつめた声が二人を呼んでいる。
すると、権平先生の落ちついた声が、あたしとみんなの名を呼んだ。
「
あたしは急いでその場にしゃがみこんだ。
隣で鼻水をすする音がする。
「陽蕗子?」
「
あたしたちは、にじり寄って抱きあった。
このふわふわした抱き心地は間違いなく、うちのウサギだ。
「あれ、見える? あれ、なに?」
陽蕗子が耳元でささやく。
頭の上に、ぼんやり光るものが動いている。
「見えるけど。――どうしよう」
ぬばたまの闇に浮かんでいるものは、とびきりのファンタジー映像だった。
ぬいぐるみの頭が、蛾の
――リン、おかえりなさい。
子グマが笑ったのは、覚えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます