第十一章 <Ⅳ>
* * *
プロジェクトの統括責任者の突然の休暇願いだというのに、誰一人文句も言わないで笑ってくれる。申し訳ないことだ。僕はつくづく仲間に恵まれた。戻ったら埋め合わせをしなくては。
しかし、こんなときに限って、海が荒れて船が出せない。
ホバート国際空港を発ったのは一昨日の朝だった。
そして今朝。妻に電話したのは6時23分のことだ。
「やあ、
沙羅がうわずった声で電話に出た。
「
「葛籠谷へ? どうして?」
「わからないの。帰ったら報告するって、手紙には書いてあったけど。あの子、この頃、おかしなことばかり言って――」
繊細な妻は動揺しているようだが、僕としては行き先がわかったので安心した。
「行かせてやってもいいんじゃないのかい? 友だちも一緒なら楽しいだろうし――」
「だめよ。なにかあったらどうするの?」
「君の実家は、そんなに危ない場所でもないだろう?」
僕らが出会った、あの美しい谷間の集落の、どこが恐ろしいというのか。
「眞彦さんには分からないのよ!」
いつもの沙羅とは思えない激しい言いようだったので驚いた。
「沙羅? 僕に分からないというのは、なぜだろうか?」
「あ、ごめんなさい」
沙羅の声が恥じ入ったように細くなる。――君はすぐ謝るんだな。自分が悪くないことまでも。
「いや、いいんだ。理由は後で聞かせてくれ。今は急ぐからね。――取りあえず、僕は林を追ってみる。追いついたら連絡するからね。葛籠谷に行きたいというなら、つき合ってくるよ」
沙羅が息を飲む気配がする。
「眞彦さんも行くの?」
「もちろん。おっと失敬、時間がないから、またね」
僕はスーツケースを駅に預けると、タクシーに乗り込んで行き先を告げた。
「
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