第十二章 各駅停車の終点まで

第十二章 <Ⅰ>

 呆気あっけにとられた顔のまま固まってしまった娘の肩を軽くたたき、りんのパパはあたしたちに笑顔を向ける。


「タスマニアはオーストラリア大陸の南の向こう端の島だね。現在、僕がいるのは、そのまた南に浮かぶ小島なんだけど。――あ、どうぞ、坐って食事を続けてください」


 パパにうながされて、あたしたちは無抵抗に元のボックス席に戻る。


「あの……良かったら、お父さんも、お握りどうぞ」


 陽蕗子ひろこが頬を赤くしてすすめる。


「やあ、これはありがとう! では遠慮無く」


 長い手を伸ばしてお握りを一個取ったパパは、慣れた感じにパッケージを剥いた。

 ――食べるんだ。


「去年の暮れから向こうで仕事をしているんだけど、林が突然入院したと聞いて、急いで帰国したんだよ」


「なるほど」


 青深はるみがうなずく。


「――ちょっと、パパ!」


 坐りかけていた林が、また勢いよく立ち上がる。


「わたし、ついてきてもいいって言ってないでしょ!」


 きれいな林が目尻をつり上げて怒ると、かなり恐い。

 ――パパ、ここは謝ろう! ほら、早く!


「まあ、いいじゃないかよ。リンリン。――てか、諦めろよ。この状況」


 青深が苦笑しながら、林を取りなす。

 ――おまえ、恐くないのか?


「だって――」


 林が頬をふくらませる。


「私は歓迎!」


 青深がお握りを持っていない方の手でサムズアップする。


「旅の仲間は多いほどいい!」


「うちもー」


 陽蕗子が遠慮がちにえくぼをみせる。


「そしたらママも安心すると思うよ? リンリン」


 ネザーランドドワーフに袖を優しく引っぱられて、林はしぶしぶ腰を落とした。


「やあ、これはこれは――。歓迎いただき、かたじけない!」


 パパが満面の笑みで、両手を大きく広げて見せた。

 ――いや、これって歓迎とは言いませんよ。


 眉間に皺を寄せた林が窓の外に視線を逸らす。


「――まったく」



 あたしは正直、楽しいピクニックに知らない大人が混ざるとか迷惑なんだけど。

 青深が眼光ビーム飛ばしてくるし、ここは頑張って大人になろう、と思う。

 それに林のパパは、普通の大人の人っぽくなくて、あまり緊張しないし。




「お父さんのお仕事ってなんですか?」


 陽蕗子がお茶のペットボトルをすすめて訊いた。


「おお、ありがとう。――地質調査でね。まあ、穴掘りだな」


「地質っていうと、地震の研究とかするんですか?」


 今度は青深が質問する。


「地震はもちろん守備範囲に入るけどね。僕の専門は堆積たいせき学と古気候学なんだ。今回はプレカンブリア紀の地層調査なんだが、時間が許せばケルマデック海溝にも潜りたいと思ってる。海溝型かいこうがた地震というのは、日本人として考えないわけにはいかないからね」


「カイコー型地震って、なんですか?」


 あたしが質問すると、雲間から陽が昇ったみたいに、パパの顔がぱあっと輝き、同じタイミングで林がカクンと項垂うなだれた。

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