『宵待ち姫』前編 <弐>

「これは夢なの? わたし寝てるの?」


 よいひめは、恐ろしい鬼をふり返りました。


「そうとも。だから怖がるな。一緒に遊ぼう」


 素直な宵待ち姫は「なんだ、夢か」と思って、鬼と一緒に遊びました。


 宵待ち姫は遊び相手が欲しかったのです。

 鬼になる夢をみるようになって、昼間は居眠りばかりしていましたから、この頃はろくに友だちと遊べなかったのです。


 なかよく二人で楽しく遊ぶうちに、鬼が言いました。


「宵待ち姫、顔をとりかえっこしよう」


 宵待ち姫は「夢なら、いいや」と思って、顔をとりかえっこしました。

 顔が鬼になると、なんだか強くなったような気がしました。

 意外に良い気分です。


「さあ、その顔で村を荒らしに行こう」


 宵待ち姫の顔をした鬼が誘いました。


「いやよ、そんなの」


 鬼の顔をした宵待ち姫は嫌がりました。


「いいから行こうぜ。楽しいぞ」


 宵待ち姫の顔で、鬼はニカニカ笑いました。


「これは夢なんだ。何をしてもいいんだぞ」


 そんなふうに誘われると、宵待ち姫もその気になりました。


 宵待ち姫と鬼は、いつも夢でやっているように暴れまわりました。

 仲間と一緒だから、よけいに楽しくなりました。


 はっと気がつくと、田んぼのあぜはこわれ、家はくずれ、何もかも滅茶苦茶めちゃくちゃです。

 宵待ち姫のお父さんもお母さんも、村のみんなも泣いています。

 宵待ち姫の着ていた可愛らしい着物はどろだらけです。

 水溜まりに映る自分の影は、鬼の顔でした。


「ねえ、これは本当に夢なの?」


 宵待ち姫がふり返ると、鬼の姿はいつの間にか消え失せていました。



 宵待ち姫は怖くなって、お父さんの長者に呼びかけました。


「お父さん、助けて」


 すると、長者は真っ青になって逃げました。


「お母さん、助けて」


 お母さんも逃げました。


 村の人もみんな逃げました。


 でも、その中の一人が言いました。「あの鬼、宵待ち姫の着物をきてるぞ」


 鬼の顔になった宵待ち姫を、みんなは遠巻きにながめました。


「わたしは宵待ち姫よ!」


 宵待ち姫は、みんなに言いました。


「うそをつけ。あの子から着物を取ったんだろう!」


「憎い鬼め。宵待ち姫の着物を返せ!」


「かわいい宵待ち姫を返せ!」


 怒った村の人に石を投げつけられて、宵待ち姫は泣きながら逃げだしました。

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