第十一章 <Ⅱ>

「やあ、りん! 元気そうじゃないか?」


 おじさんが、スーツの片手を上げる。

 そうか! 見覚えがあると思ったら、切れ長の目元が林とそっくりなんだ。


「なんでここにいるの? タスマニアじゃなかったの?」


「ええっ、パパっ?」


「ええっ、たすまにあ?」


「ええっ――て、それどこっ?」


 林がパニクる横で、あたしたちはライトに右往ウオー、レフトに左往サオーの大混乱。


「ちょっと休暇をもらってね。ママから聞いてないかい?」


 表情を強張こわばらせる娘へ、穏やかな視線を向けて、おじさんがお茶目ちゃめまばたきする。


「それは聞いたけど――。どうすると巌山いわおやま線に乗ってるの?」


「おっと、その前に挨拶がまだだった。――みなさん、僕は白銀しろがね眞彦さなひこといいます。林の父です。このたびは、うちの娘がお世話になりました」


 おじさんが洗練された仕草で会釈する。


 ――紳士じゃん。(天然)


 ――パパ、カッコイイ。(ウサギ)


 ――いや。見とれてたらダメだろ。(番長)


 あたしたちは片手にお握りをつかんだまま、ジタバタと並ぶ。


「こんにちは! 石動いするぎ青深はるみです」


靱負ゆきえ陽蕗子ひろこです」


桐原きりはら時雨しぐれです」


「だから、なんでここに現れるわけ!」


 林が切れた。


「そう。そのことだが――。ちょっと失敬、ママを待たせてるんだ」


 パパはスーツの内ポケットからスマホを出して、操作しながら空いている席を指差した。


「ここに坐っても構わないかな?」


「どうぞ、どうぞ」


 あたしたちとは通路越しの席に、デイパックを置いたパパは、その向かいに浅く掛けて長い足を組んだ。


「――おお、早いな」


 すぐに返信が来たらしい。

 数分やりとりすると、スマホをまた内ポケットにしまった。


「いや、失礼しました。――で、なんだっけな?」


 パパは、まわりを取り囲む、お握り軍団のあたしたちに、渋い笑顔を向ける。


「――なんで、ここに、いるの?」


 気勢をがれた林が、ため息混じりにパパをにらむ。


「それなー」


 ――ここは笑っていいやつ?

 あたしは青深と陽蕗子の顔色をうかがう。


「さっき、合歓森ねむのもり駅で林を見かけたから、追いかけてみた」


「――みたの?」


「ええっ?」


 一同ざわつく。――ねえ、ここツッコんでもいい?


「電車を、どうやって?」


 林が正面からツッコむ……じゃなくて、問いただす。


「タクシーで小椋台こむくだい駅まで先回りしたんだ」


 パパ、なにか得意気だ。


「なんで、行き先を知ってるのよ?」


 林が目をみはる。


「そりゃ察しはつくさ。林は、あの家に帰りたいんだろう?」


 パパは楽しげに片目をつむる。


「僕もおともしていいかな? どう?」

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