第十一章 <Ⅰ>

 リンリンと愉快な仲間達は、小椋台こむくだい駅で巌山いわおやま線の各駅停車に乗り換えました!

 天気はいいし、気分は無敵。――オラア、どっからでっもかかってこい!


 この時間の列車はガラガラに空いていて、あたしたちが乗った車両には乗客が一人もいなかった。

 天下を取った気分で四人掛けのボックス席に陣取ると、陽蕗子ひろこが不気味な形に変形したリュックから、コンビニの手提げ袋を三つも引きずり出した。


「100円代のお握り、全種類買ってきたよー♪」


「コンビニお握り、大人買い?」


「おかずも飲み物もおやつもいっぱい買ったー♪」


「陽蕗子、でかした!」


 青深はるみが、ためらいも見せずに明太子お握りに手を伸ばす。


「リンリンとお弁当食べるの、夢だったんだよー♪」


 陽蕗子ひろこが天国のウサギのような笑顔で、りんにコンビニの袋を広げて差し出した。さっきからセリフにメロディがついて、お前はディズニーか。


「リンリン。好きなの、取ってー♪」


「ありがとう。……あの、これ精算しないと?」


「それは帰りでいいのー♪」


 林が頬を染めて一個選ぶと、肩からさらりと黒髪が流れた。

 あたしたちは一瞬、その白い横顔に見とれる。


「はい、では、いっただっきまーす」


 今朝は朝御飯を食べるヒマもなかったから、おなかペコペコだ。

 

「それで――。ママには見つからなかったか?」


 空いた片手で唐揚げを取りながら、青深が林に訊く。


「うん。キッチンに手紙置いてきた。――あと、ごめん。青深ちゃんの電話番号も書きました」


「上出来! そうしろって言ったのは、こっちだろ?」


 青深が笑って、500mlパックの牛乳に口をつける。


「そうなの?」


 陽蕗子が目を丸くする。


「あたしも聞いてない!」


「リンリンは携帯持ってないから、帰るまで連絡がつかなかったら、ママさん、心配するだろ。昨日思いついて林にメールしたんだ。一斉送信するの忘れてた」


 青深がとぼけながら、さらに一個とる。


「うそつけ。カッコつけて! 一人でワルモノになるつもりだな?」


 あたしがつっこむと、林が切れ長の目を見開いた。


「バッカ、ちげーよ! ママに内緒でリンリン連れ出そうって、言い出したのは私なんだから、責任取るんじゃねえか」


 わるいか、と言いつつ次なるお握りを物色している。


「それはダメ!」


 林が半泣きで身を乗り出す。


「え? リンリン、この鶏五目、狙ってた?」


 青深が出しかけた手を引っ込める。


「ちがうよ!――わたしをかばったりしないで! これは、わたしがしたかったことなんだから!」


「うわ、泣くなって――。リンリン!」


 美少女の涙に、うちの強面こわもて番長が棒立ちになる。


「ひゅうひゅーう。青深が女の子泣かしたあ!」


「へいへーい。この女泣かせ!」


 あたしと陽蕗子が喜んではやし立てると、林が涙を浮かべたまま吹き出した。


「なんだよ、てめえら! わかったよ。そんなら全員で土下座だからな! きっちり膝揃えて正座しろよ!」


 ふて腐れた青深が、野沢菜飯のパッケージを剥いた。――さて、ここで問題です。青深の食べたお握りは、いま何個目でしょう?



 車窓の外に広がる田園風景が、色づきはじめた森と果樹園に変わってゆく。

 二つ目の駅を通り過ぎたとき、遠い方の連結部のドアが開いて、ダークスーツのおじさんが入ってきた。


 列車の不規則な揺れにもよろけもしないで、軽い足どりで通路を歩いてくる。

 あれ? スーツなのに、トレッキングシューズ履いてる。変なの。

 近づいてきたら、かなり背が高い。顔がご機嫌にほころんでるんだけど、なにか、いいことあったんだろうか。

 陽蕗子と林は背を向けているから、全然気がついていない。


「こんにちは」


 あたしと目が合ったとたん、そのおじさんが立ち止まった。

 そして、ニコッと笑って、軽く頭をさげた。


「――こんにちは」


 あたしは条件反射でペコッと挨拶を返す。


「……知り合いか?」 一緒に頭を下げながら、隣で青深がささやく。


「ううん」


 でも、どこか見覚えのある気がする。

 こんなサーファーみたいに日焼けしたおじさんなんて、絶対知らないんだけど。

 白髪交じりの髪が広いおでこを半分隠してる。切れ長の目尻に笑い皺を寄せて、優しげな眼差しであたしたちを見おろしている。


 そのとき、背もたれ越しに振り向いた林が、お握りを頬張ったまま、弾かれたように立ち上がった。


「パパッ?」

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