第九章 木槿

第九章 <Ⅰ>

葛籠谷つづらだにの家に住んでいたときに、私の従妹いとこが事故で亡くなったのです。名前は木槿むくげといいました。雨が降っては止む、まだ梅雨の明けない頃のことでした」



 ――林の同級生の、あの子たちが林を訪ねて来てくれたとき、その姿に木槿の姿が重なって、私は我知らずおびえてしまった。なんて恥ずかしい情けない母親だろう。あの子たちの優しさが、どれほどありがたいか言い尽くせないくらいなのに。




 *  *  *


 当時、木槿はまだ一六歳でした。いまのりんと同じ年です。

 林は木槿を、おねえちゃんと呼んで慕っていました。木槿も小さい林を可愛がってくれて、十も離れているのに、二人はいつも一緒でした。


 木槿は、二人がいつも花を摘みにいく、近所の小川に浮かんでいたのです。

 こんな浅瀬でどうして、と思うようなのどかな場所でした。


 その頃、私たちは一緒に暮らしておりました。

 あの古い家は私の両親の建てたものでしたが、先年相次いで他界しました。

 当時住んでいたのは、私ども夫婦と林と、かねてから同居していた叔母と木槿の五人でした。

 木槿の父親は早くに亡くなり、年の離れた兄は結婚して他県に住んでいました。



 木槿の葬儀には、林を連れていきませんでした。

 あの子に、木槿の死に顔を見せるのがつらかったのです。


 村の菩提寺の境内では、朝からしきりにホトトギスが鳴いていました。

 弔いをすませて帰宅すると、御近所の方に預けておいた林が、思いがけず機嫌の良い顔でわたしたちを出迎えました。そして、こう言ったんです。


「お帰りなさい。おねえちゃんと遊んでたから、全然寂しくなかったよ」

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