第八章 <Ⅲ>
「あの子が――。
助手席の
車は交差点の信号待ちで止まっている。
「おうちというのは――?」
そのとき信号が青に変わって、また車の列が流れ出した。
「前に住んでいた家です。ここから車で二時間ほどの
「なるほど。そちらの『おうち』なんですね」
前方に視線を戻して、権平がうなずく。
「ですが、その家はもう無いのです。――火事で全焼してしまって」
寂しげに
「では、さっきのぬいぐるみも、そのときに?」
「そうなんです。焼け跡にどうしたわけか、あの頭だけが落ちていたそうで――。拾って届けてくださった方がいたんです」
「そうでしたか――」
権平は
「火事が起きたのは、私どもが引越してから
沙羅はため息をつく。
「連絡があって、すぐに私が現場を見に行ったのですが――。林に火事のことを話したのは、だいぶ後になってからでした」
「それは、彼女がショックを受けると思われたからですか?」
「ええ――。あの子は引越すのを嫌がっておりましたから。必ず戻ってくるからと約束して、やっと納得させたのです。ぬいぐるみのことは――、親友のように大事にしていた子グマが、首だけの無残な姿になってしまったのを見たら、あの子がどうかしてしまうのではと――。それで、とうとう言い出せなくて――」
沙羅は細い肩をすぼませた。
「そうですか。それで隠しておかれたというわけですね」
権平は何度も深くうなずいた。「つらかったですね……」
「さっき、林に嘘つきと言われてしまいました」
窓に流れ去る夜の街を見つめる横顔を、一筋の涙が伝わる。
沙羅は手のひらで顔を隠しながら「すみません」とつぶやいた。
「しかし、それは嘘というわけでは――」
権平は眉間に皺を寄せる。
「いいえ。林に隠していたことが、実はもうひとつあるのです」
ひとつ息を吐き、沙羅は告白した。
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