第七章 <Ⅲ>

「わたし、おうちに帰る!」


 目覚めるなり、りんが叫んだ。


「どうしたの? 林……」


 母は驚いて立ちあがった。

 これといった異常は見つからなかったものの、眠り続ける林はベッドごと一般病棟に移されていた。権平ごんだいら教諭と同級生たちには、いまさっき帰宅してもらったところだ。


 白いベッドに身を起こした林の瞳から、ポロポロと涙がしたたった。


「おねえちゃんが林を待ってる! あのおうちで今も待ってる!」


「林、なにを言ってるの?」


 母の顔が青ざめる。


「林のおうちは元通りだった。おねえちゃんもいた!」


 こぶしで布団を叩いて泣きじゃくる娘の体を、母はおろおろと抱きしめた。


「かわいそうに、林。それは夢よ。怖い夢を見たのよ」


「ママの嘘つき! どうして、おねえちゃんだけ置いてきたの?」


 林は母の手を振り払った。


「嘘じゃないわ。おねえちゃんは、もういないのよ。あの家はほんとうに――」


 母は傷みをこらえるように顔をゆがめる。


「ママなんか大嫌い! わたしのこと、もう閉じ込めないで!」


 林は幼い子のように泣き叫んだ。


「違うのよ! ママは、林を守ってきたのよ!」


 母の声も大きくなる。


「意味分かんない! 何から守ってるのよっ?」


「それは……」


 娘のいつにない激しさに、白銀しろがね沙羅さらは言葉をなくした。


 ――どうしよう。この子の何かが変わってしまった。



 そのとき、病室のドアが開いて、さきほどの看護師が顔をのぞかせた。


「どうしました? 白銀さん。お嬢さん、気がつかれましたか?」


 若い看護師は病室に入ってくると、林に頬笑みかけた。


「よかった。目が覚めたね。――あら、どうしたの? どこか痛む?」


「いえ……。なんでも」


 泣き顔をのぞきこまれ、林は表情をこわばらせてうつむいた。

 看護師はそっと林の手首をとって脈を測り、ベッドに横になるようにうながすと、医師を呼びに行った。


「ごめんね。林」


 かたくなに顔をそむける娘に、母が力無くささやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る