第七章 子ども部屋の窓

第七章 <Ⅰ>

 谷川をさかのぼってゆくと、深く重なりあった木立がひらけた。


 稲穂の豊かに実った田の間を、小川がゆるやかにうねっていく。

 あちこちに佇むかやきの屋根をかすめて飛ぶと、生垣に囲われたどの庭先にも、ささやかな野菜畑が見えた。

 その山間やまあいの小さな集落は、秋に色づいた森にかくまわれているようだった。


 コトン。コトトン。コトン。

 コトン。コトン。コトトン。


「なんの音?」


 林は耳を澄ます。

 トタン屋根の水車小屋が、小川のせきの入り口に建っていた。

 扉の上の釘に四角いランタンがかかげてあったが、火は灯していなかった。


「あのランタン、見たことある」


 林が不思議そうにつぶやいた。


 コトン。コトトン。コトン。

 コトン。コトン。コトトン。


 水車のたゆまぬ響きと、せせらぎの音色が、林に絶えず呼びかける。

 切ないような思いが胸にこみ上げて、林は息苦しくなる。


「ここはどこ?」


 顔を上げれば、満天の星々がすべて林を見つめている。


「ねえ、ポンヌフ?」


 だが子グマは聞いていなかった。


「リン。こっち、こっち」


 ポンヌフが飛んでゆく先に、ぼんやりと灯りが見えた。

 どこかの家の窓から洩れる灯りだった。


 深く寝静まった村に、一軒だけ明かりを灯す家があった。

 ポンヌフのあとについて、その家の生垣の上を飛び越えると、大きなかえでが梢を広げていた。


 楓の葉がさらさらと風にそよぐ。

 その調べを聞くと、懐かしい人に迎えられたような気持ちになった。

 

 爪先から地面に降りる。

 翼をたたんだ林は、、楓の幹を抱きしめた。


 わたしは知っている。

 この楓を。この庭を。この家を。

 火事で燃えちゃったんじゃなかったの?


 どうして、ママとパパは嘘をついたの?


 楓のかたわらには、古びた二階家が建っていた。

 目指してきた明るい窓は、その二階の出窓だった。


 あれは、わたしの部屋だ。

 ここは、わたしのおうちだ。


 林は胸が一杯になった。


 出窓のレースのカーテンを、誰かが引き開ける。

 窓枠いっぱいに溢れでた明かりが、楓の大木に寄り添う林を照らした。


 窓が開くのももどかしそうに、ポンヌフが中へ飛び込んだ。


「ただいま。リンがいたよ。見つけてきたよ」


 窓辺に佇む人影が、ポンヌフを胸に抱いた。


「リン。リン。おいでよ」


 ポンヌフが上から呼んでいる。


 こちらを見下ろす白い面差しは、幾度も夢で見た人だった。

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