第三章 <Ⅱ>

 玄関扉に顔を半分隠して、長い黒髪の少女がこちらを見つめていた。

 少年のように華奢な体に灰色のスウェットを着て。黒いパーカーを羽織っている。


白銀しろがねか?」


 青深が声を掛けると、切れ長の眼差しが、気後れしたように揺らいだ。

 すると。


りん!」


 白銀のお母さんが走り出てきて、娘を背中から抱きすくめるようにした。


「どうしたの、林?」


 お母さんの泣き出しそうな声は、林を責めているように聞こえた。

 林は困ったようにうつむいた。


「皆さん、驚かせてごめんなさいね。ほら、林。戻りましょう」


 お母さんが引き寄せると、林は力なくその腕にすがった。



 ――せっかく出てきてくれたのに。



 青深の様子をうかがうと、ためらい顔のまま動かない。

 陽蕗子は胸元に前足を添えたうさぎのポーズで、固まっている。


 この状況、どうしたらいいのか分からないけど。

 けど、けど――。

 これで、さよならって帰っちゃったら、すごく悲しくない?


 このままじゃ嫌だよ。せっかく会えたのに。

 あたしは、林と話がしたいよ。


 林。林てば、林。

 林、りん、リン。

 ねえ、待ってよ、林。


「――林!」


 ――しまった。声に出てしまった。


 黒髪がひるがえる。

 黒目がちな瞳が、あたしをまっすぐに見つめた。

 唇が開いて、なにか言いかけたよ。


「林、苦しいの?」


 お母さんの手が、林の背中を激しく擦った。


「もうベッドに入りなさい。だめよ、こんなこと」


 表情を強張こわばらせた林は、そのまま白い横顔をそむけた。


「ごめんなさいね」


 自分より背の高い娘を、雛を守る親鳥のように腕にかかえこんだお母さんは、思い詰めた眼差しを宙に彷徨さまよわせた。


「この子は具合が悪いんです。ほんとうにごめんなさいね。これで失礼します」


 玄関の扉がバタンと閉じた。

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