第三章 ファーストコンタクト

第三章 <Ⅰ>

 白銀林しろがねりんの家は、埴輪山はにわやま高校から歩いて十分ほどの閑静な住宅街にあった。

 紅葉した満天星ドウダンツツジの生垣から、紫式部ムラサキシキブの実が、玉を連ねて揺れている。

 コスモスの群れ咲く庭越しに、白い二階家が見えた。


 チャイムに応えて玄関扉を開けてくれたのは、青いギンガムチェックのエプロンをつけた小柄なお母さんだった。突然やってきた女子高生に驚いたようだが、あたしたち三人が林の同級生とわかると、ふっと頬を染める。


「ありがとうございます。わざわざ来ていただいて……」


 お母さんは品の良い仕草で頭をさげた。やわらかそうな栗色の髪をさり気なくシニヨンに結んでいる。


「いま、娘は体調がわるくて寝ているんですよ。申し訳ないのですけれど、お目に掛かれないんです。ほんとうにごめんなさい」


 可憐なお母さんだなあと思った。


「そんな、いいんです」 「突然来ちゃって、すいません」 「失礼しました」


 あたしたちは、あわてて口々に謝った。

 それに会えないときのために、あらかじめ、心づもりをしていたんだ。


「それでは、これを林さんに渡していただけますか」


 青深はるみが、花柄のB5版のノートを差し出した。

 これから、林とあたしたちを繋ぐ<交換ノート>だ。

 メールよりラインより、手書きの文字は気持ちが伝わると思ったんだ。


「その日、学校であったこととか書こうと思ってます。林さんからも、私たちに伝えたいことがあれば、自由に書いて欲しいんです。書かなくてもまったく構いませんし、あまり重く考えないでください」


 ノートを抱いたお母さんは、うるんだ目を瞬かせて、あたしたちにまた頭を下げた。


「ありがとうございます。あの、どうぞ上がってくださいな。いまお茶を――」


「いえ」 青深が丁寧に断った。


「また明日、このノートを取りに来ますから。これから、毎日来ますから」


 あたしたちは揃ってお辞儀をして、玄関を辞した。

 何気なく振り返ったとき、二階の窓のカーテンがわずかに揺れた気がした。


 ――また明日ね。林。

 あたしは心のなかで手を振った。


 門から玄関までのアプローチは、薄紫のラベンダーに縁取られていた。

 庭先には、コスモスや撫子なでしこや秋咲きのサフランが咲きそろう。赤い実を結んだハナミズキの木陰に、素焼きのプランターがいくつも重なっていた。


「きれいなお庭だね」


「ああ。いい香りだ。癒やされるな」


 青深がうなずいた。


「白銀さん、出てこなかったね」


 さっきまで楽しげだった陽蕗子ひろこが肩を落とす。


「気にするなって。まだはじめたばかりじゃないか」


 青深がその肩をポンと叩く。


「これから毎日だぞ。覚悟を決めろ!」


「うん!」


 うさぎ娘が健気けなげな笑顔を見せたとき、背後で物音がした。

 真っ先に反応した青深が、素速く上半身をひねる。


「おおっ?」


「どうしたの?」 「え、なに?」


 一拍遅れて、陽蕗子とあたしが、もたもたと振り向いた。

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