第二章 白銀林

第二章 <Ⅰ>

「本日の伝達事項は以上だな。ああ、それと――」


 担任の権平ごんだいら先生が、朝のホームルームのおわりに眉を曇らせた。

 埴輪山はにわやま高校一年七組の担任教諭は、常時ジャージ着用の大男だ。イカつい体躯の上に冗談のように愛らしい童顔が乗っている。


「白銀は、やはり体調が良くなくて、今日からまたしばらく欠席するそうだ」


 教室がざわついた。

 白銀林しろがねりんは、入学式以来一度も学校に来ていなかった同級生だ。

 それが昨日の朝、突然その姿を現したので、みんな驚いたり喜んだりしていたのだが――。

 あたしが隣の席の青深はるみの顔色をうかがうのと、本人が立ち上がるのが同時だった。


「なんでだっ!」


 青深が咆えた。

 こぶしで語る男前こと、石動いするぎ青深はるみ

 女子サッカー部の新人エースは、言葉遣いも男なら、心意気も拳も男の中の男である。


「俺のせいかなあ……」


 権平先生が気の毒なほどにうなだれる。


「いやいやいや」


「先生のせいじゃないって!」


「昨日、すごっい気つかってたじゃん!」


 あちこちからフォローの声があがる。権平先生はコワモテの見かけによらず生徒達に愛されている。あたしも好きだ。


「昨日、なにかあったか?」


 青深が運慶の仁王像みたいな目で教室をにらみ渡す。

 たまたま目が合ったラグビー部が、おびえて腰を浮かせた。


「俺はなにもしてねえよ。うそじゃないっ! なあ、みんな?」


「うん、そうね」 「おそらくね」 「どうだろうね」


「はっきり否定してくれよぉ!」


 ラグビー部が涙目で叫ぶ。そんなに青深が恐いか。


「白銀は朝のホームルームだけで帰ったからな。心当たりがないんだよ、俺にも」


 権平先生が取りなすように言う。


「じゃあ、なんで白銀は来ないんだ!」


 青深が振り向きざまに、あたしの胸倉をつかんで揺さぶった。


「時雨! お前のせいで、状況がわからねえだろうがっ!」


「すいません! ……って、あたしっすか?」


 ――こんにちは。いまにも殺されかけてます。桐原きりはら時雨しぐれです。

 人呼んで、遠い目をした天然。美術部に籍をおき、存在感の希薄さでは誰にも引けは取りません。よろしくね。


 昨日、朝の校庭で自転車チャリですっ転んで遅刻しました。(挙手)

 一緒に登校中の青深と陽蕗子ひろこも、あたしの巻き添えで遅刻になっちゃって、この三人だけ白銀に会えなかったんだよね。


「青深ぃー。やめてあげてー。時雨のせいで来ないわけじゃ無いんだしぃー」


 後ろの席から、陽蕗子の小鳥がさえずるような甘いソプラノが響くと、ラグビー部が頬を赤らめた。

 歌うネザーランドドワーフこと、靱負ゆきえ陽蕗子ひろこは合唱部だ。極端な上がり症で、いつも後列で歌っている不憫ふびんな娘である。


 青深に勢いよく突き放されたあたしは、権平先生に抱きとめられた。


「このままでは、おわらんっ!」


 青深の熱い拳が天を突き上げた。

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