第76話 大坂

 昼頃、大坂の町に入り店に到着するが、すでに店では羽織を脱いで丸印に“石”と書かれた前掛けをしている石津屋問衛門さんが立っていた。

 姫路で一晩泊まったこと、瀬川を通り過ぎて郡山まで一度行ってしまったこと、これにより競争には大負けするのである。

「それでは、たこ焼きをお願いしましょうか?」

 石津屋さんが微笑み言うと、

「山中教官、あたいたちの分も頼む」

と霞が、ついでとばかりに注文する。

 ウヌヌヌヌ……。

 山中教官は、おかしな声を上げながらもちゃんと買ってきてくれた。

「いっぱいでチュ」

「うん、一人一舟ひとふねだね。ちょっと多いかも」

「穂見月、心配するな。あまったら食べてやるのだ」

 石津屋さんは店の前に長椅子やらを出し座らせてくれるが、そこそこ通行人がいる道では見世物みたいでちょっと恥ずかしい。これも負けの代償なのだろうか?

 とはいえ、たこ焼きを食べない手はない。

「うーむ、道さえ間違えなければ」

「いえいえ、それも勝負のうちです」

 石津屋さんと俺たちにたこ焼きを渡した山中教官は、悔しさに自分も食べながら一生懸命言い訳をしている。

 その必死の姿の方が、たこ焼きを頬張っている姿を見られるより恥ずかしい。


「あれ? ウソ! でしょ。お姉ちゃん?」

 無駄に目立ってる俺たちを、驚きの目で見た少女がそう言いながら寄ってくる。

「ちょっと真帆! あんたこんなところで何やってるのよ?」

 松下先輩も驚いているが、“まほ”って妹さんのどっちかの名前だったよな。

「ええ? 何って、大坂にある商業学校を受験するつもりだから下見に来たのよ。お姉ちゃんこそ、こんなところで何やってるのよ」

 パッチリした目は先輩と違って怖くないと思ったけど、容赦なさそうな喋り方は似てるな。ああ、もちろん、松下先輩もパッチリはしてるんだけど、目尻上がってるから睨まれると怖いんだよな。

「見ての通り、たこ焼きを食べてるでチュ」

 恐れる俺をよそに霞が挑発的な発言をするが、松下先輩たちはお構いなしに話を続ける。

「真帆、そんなに髪伸ばして。不真面目に見られないの?」

「商業活動って言ったって、裏で勘定をしているだけじゃないんだから見た目だって重要なのよ。あんなおかっぱ頭で都会を歩けるわけないでしょ」

 確かに先輩と同じで赤っぽい髪の毛だけど、伸ばしてるって言っても先輩よりちょっと長いぐらいだけどな。それよりおかっぱだと大坂歩けないのかな?

「妹さんに会えるなんてすごい偶然ですね。そうだ、一緒にたこ焼き食べましょうよ。少し多かったから丁度いいわ」

 穂見月が誘うと、真帆さんは礼儀正しく挨拶をする。

「始めまして、松下真帆です。姉がいつもお世話になってます」

「こちらこそお世話になってます」「ども」「チュ」

 俺たち五人も挨拶をするのだが、離れたところで石津屋さんを追いかけ絡んでいる山中教官はこちらを見ていない。

「えっとー、あの方は」

「気にしなくていいわよ」

「ふーん、そうなんだ」

 松下先輩の言葉に納得して、道端であっても気にせずにかぶりつくところはやっぱり姉妹だなと思う。

「妹か……折角、大坂に来たんだし、早苗に何か送ってあげようかな。隼人もお姉さんいたよね? 何か買ってあげないの?」

 穂見月は真帆さんを見て、早苗ちゃんのことを考えてしまったようだ。

「お姉ちゃんに? うーん。霞もお兄さんいたよね? やっぱり何か買ってあげるの?」

「うちは都会ですぐにこれるから買わなくて平気でチュ」

 越後でわるーござんしたね。


 たこ焼きの方はなくなるが、向こうにいる山中教官はまだ話足りないみたいだ。なので、勝手に店内を見学させてもらうことにした。

「外国と取引しているだけあって大きな店だな」

「そうだね隼人。いろいろあるけど、ここではお土産になるような物はさすがにないね」

 穂見月と楽しく物色をしているのに、長三郎のみんなを呼びつける声が聞こえてくる。仕方なく、陳列された品々を通り過ぎ奥行きのある店内を進めば、長三郎が興奮している理由がすぐに分かった。

 槍だ。手の届かない高い場所に銀色に輝くそれは飾ってあるのだが、黄土に輝く石までついている。

「すごい槍だね」

 堀田先輩は、驚きと感心が混ざったように褒めている。

 穂と柄の間にある石を付ける部分の両縁が、けら首の強化と目釘の保護をするようになっている。これなら穂の方を柄にかぶせる洋槍の接続方法でも、力が一点に集中して折れる可能性が低そうだ。

「ちょっと待ってよ。確かに見たこともない立派な槍だけど、石って……ご禁制の品でしょ」

 そういえばそうだった。松下先輩の言う通りで、だから穂見月の共鳴石が手に入ったわけだし。

 そこに石津屋さんがゆっくり近づいてくる。

「そりゃそうですよ。本物の共鳴石なんて扱っていませんし、あったって並べる商人なんていませんよ」

 そして、くっ付いてきた山中教官も言う。

「どう見ても模造品だろう。お前たち本物を見たことあるのに見分けがつかんのか? だが、それは置いといてだ。槍は本物のようだな」

「はい、和蘭オランダの技術を結集した最高の槍で、共鳴石は模造品ですが、本物の石が付けられるように作られているそうです」

 この石津屋さんの説明に山中教官は聞き返す。

「いるそうです? とは、分からんのか」

「製造元を考えると間違いはないと思うのですが、私どもは共鳴石自体も、ついた武器も扱ったことはございませんので保障はできません」

 ここで長三郎が、どうしてもと言い出す。

「教官! これから先、石が手に入っても合う武器が見つかるか分かりませんし、何よりすばらしい槍で単独でも期待できると思うんです! 是非、買っていただけないでしょうか?」

 普通ならこんな話、聞いてもらえないだろう。特別な任務を拝命しているとはいえ、なんでもかんでも請求できるわけではない。

 だけど、安来で槍を作ると約束したことをやはり気にしているようで返事に迷っている。

「そうだな。用意しようと思って用意できるものでもなし、石を手に入れた者に悪用される可能性も無くはない。値は張るだろうが……どうだろう? 石津屋さん」

「実はこれ、売る予定ではなかったのですが、そうおっしゃるなら……」

「おお、売ってもらえるのか?」

「お待ちください山中殿。店を彩る大事な看板にする予定だった物、そうは簡単にお譲りできません」

「ふむ、ではどうしろと?」

「もう一度勝負をして、山中殿が勝たれましたらお売りいたしましょう。割引はご勘弁願いますが」

「いいだろ!」

 あれ? いいのかな。山中教官、槍とか関係なく火がついた感じだけど。

「では、こちらの部屋をご覧下さい」

 一段高くなった、奥にある部屋との境の障子を開けるので覗く。すると、その部屋には妙にデカイこたつがあり、上には双六すごろくとその駒やサイコロが放置してある。

「これは、商人双六最新版です。正月に仲間内でやったまま片付けていなかったのですが、これで勝負をしましょう。やり方は簡単、サイコロを振って出た目だけマスを進み、先に最終地点に着いた方の勝ちです」

「なるほど、サイコロ任せ、運任せか。それはいいとしてしかし、布団のようなものが掛かっていてるところを見ると大きなこたつのようだな」

「はい山中殿。座卓などを取り扱っている業者に特注で作っていただいた掘りごたつでございます。この時期の会合には持って来いですよ」

「では早速」

 そう言って山中教官が履物を脱ごうとすると、

「申し訳ない。本日はこれから約束がございまして、明日以降にしていただけませんでしょうか?」

と石津屋さんに言われてしまう。

 これだけのお店を運営しているんだから、さすがにお昼終わりからずっと遊んではいられないようだ。

 山中教官と石津屋さんで明日やると約束すると、俺たちは店を出た。

「よし。じゃあ、とりあえず旅籠を取るか」

「ところで教官、真帆さんも一緒でいいですよね?」

「うん?」

 俺が聞くと山中教官は言った。

「さっきから一人増えていると思ってはいたが誰なんだ?」

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