第75話 岡山城

 門前町を通り過ぎ旭川を渡ると、待ち合わせ場所である緑地の前で人員輸送車から降りる。

「あんな川べりに立って、何見てるのかな」

 山中教官の後ろ姿を発見した俺たちは近寄っていく。すると山中教官は、横にいる茶色の羽織を着た小柄な者と話をしているようだ。

「いやー、立派なお城ですな。烏城うじょうと呼ばれるだけあって黒一色なのは分かりますが、瓦の一部を金箔で縁取るとは絢爛です」

 川向こうにある岡山城のことをその男が褒めると、山中教官が批判する。

「確かに城は立派だが、川を堀として使うために無理して東側に蛇行させている。これでは土砂も溜まるし雨量が増えれば洪水は免れないだろう。大した城主ではないな」

「そうでしょうか? 周辺の町から商人を呼び寄せたり街道を南側に回したりと、城下を反映させた明主と聞いておりますが」

 ここでも街道の付け替えの話かと思っていたけどそれよりも、このままだと険悪になりかねない。

「揉め事を呼ぶ男でチュ」

 霞すら心配をするそんな状況で、吹雪さんが割って入る。

「お話し中申し訳ありませんけど、山中教官よろしいでしょうか」

「おお、これは朱良さん。話に夢中で気がつきませんでした」

「わたくし、急いで戻らなければなりませんので」

「ええ、大丈夫です。ふみに書かれていますこと、全部読んでおりますので了解しております」

 俺たちの知らないところで、こまめに連絡をしていたようだ。

「それと最後に」

「はい」

「町が岡山と呼ばれるのはお城が岡山という丘に建てられたからですので、そちらの方との勝負は山中教官の負けですわ」

 誰もが使う町の名称になったのだからと言われ、山中教官は批判を諦めたようだ。

「では、みなさん。わたくしはここまでです。次に会う時までごきげんよう」

 吹雪さんが山中教官を論破したかと思っていたら、そのあとに続けてそう言う。

「「「「「「ありがとうございました」」」」」」

 急な展開に慌てながら俺たちは頭を下げ礼を言うと、吹雪さんは手を小さく振って離れていってしまった。

「なあ隼人」

「なんだ長三郎」

「吹雪さん、どうやって帰るんだろうな」

「分からないけど、急いでいた理由は恐らくゆべしだよな」

「だな」


「お侍さんは教官と呼ばれているのですね」

 こちらの用が済んだところで、横にいた茶色の羽織の男が話しかけてくる。

「うむ、俺は警察学校の教官で、山中猪之介と申す」

「私は大坂で商いをしております、石津屋問衛門いしづやとうえもんといいます」

 今頃、自己紹介をしてるけど、たまたま会っただけみたいだな。

「大坂ですか。我々も大坂に寄るつもりなのですが、道中一緒になりますかな?」

「いえ。ついでと岡山城を見にきましたが、これから少し引き返し(備前)福岡に備前焼を仕入れに行くところなのです。そしてそこからは吉野川を下り、大坂へ戻るつもりです」

「ほほう、船ですか。輸送車よりも早いのですかな?」

「どうでしょうかね? どちらにしても大坂ではその荷を外国行きの船に載せ換えるつもりなので。しかし最近は街道の再整備も進んでいますし分かりませんな」

 山中教官の顔が明るくなったような気がした。つまり、嫌な予感だ……。

「では、試しに競争してみませんか?」

 先ほど吹雪さんに負けと言わたことが悔しいかったのだろう。山中教官は、石津屋さんに勝負を持ちかける。

「面白そうですね。では終点は、私の店でよろしいですかな?」

「うむ」

 買い付けに行く時間も考えると、石津屋さんに勝ち目はない。

「それでは、ただ競争してもつまらないので何かを賭けましょう」

 勝負を受けるのも驚きだけど、賭けるとまで言うとは秘策でもあるのだろうか?

「負けた方が、たこ焼きをおごるでチュ」

 霞の提案は目的地が大坂だからではなく、たぶん厳島で蛸の足を回収できなかったことを思い出したからだ。

「いいでしょう」

「うむ」

 山中教官も石津屋さんもにこやかにうなづき納得する。

 勝ち負けじゃなくて、冗談がわかる人だから受けたのか。

「よーし、出発だ。三輪車回してくるから人員輸送車で待ってろ」

 山中教官は行ってしまう。

「では私も、お城は十分見させていただいたので出発いたします。大坂の店で会いましょう」

 石津屋さんもいなくなり、俺たちも車に移動する。

「堀田先輩、こんなんでいいんですかね?」

「いいんじゃないのかな。伊賀に行くなら方向そっちだし」

 そんなことを話していると、山中教官が到着し三輪車に乗ったまま堀田先輩のいる運転席の横につける。

「じゃあ、また前のようについてきてくれよな。どんどん行くからな」


 出発すると山中教官は、手を抜くことなく走って行く。そして片上かたかみを過ぎ、播磨国はりまのくにに入ると姫路に着く頃には夜になっていた。

「よし。今晩はここで泊まろう」

「山中教官、勝てますかね?」

「当然だ。楽勝だろう」

 船は夜も進んでいるんじゃないかなと考えて俺は聞いたけど、それでもこれだけ進めば平気なのだろう。

 今日も朝から飛ばしている。加古川、大蔵谷ときて、西宮宿、ここから摂津せっつだ。

 しかしこの、暴走運転があだになる。

「ねえちょっと、あの木見てよ」

 松下先輩が、緑色の葉がついた木を指差す。

「椿……ですよね」

 穂見月に言われ、堀田先輩が気づき警笛を軽く鳴らす。

 プップッ!

「どうした?」

 山中教官が三輪車を降りてこちらにくると尋ねる。

「教官、ここ郡山じゃ」

「なに! いかん、戻るぞ堀田」

 教官は三輪車をクルッと方向転換し走り出す。

「あ、待ってくださいよ。隼人、後ろ見て」

 堀田先輩に言われ車を降りた俺は後退の合図を送る。

「堀田先輩、乗りました」

 俺が乗ったことを確認すると、急いで山中教官を追いかけた。

「どうしたんですか?」

 俺が聞くと、何でも前の瀬川宿で道を間違えたらしく、本来は南下して淀川を渡らなければならなかったらしい。

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