第五章 商人たち

第74話 山陽道

 翌日、少し遅い出発になった。

 狭い荷台に乗り込み山陽道を東に向って進めば、木材などを積んだ輸送車とたくさんすれ違う。

「あれがこの乗り物の本来の使い方ですよねー。吹雪さん、荷台で平気ですか?」

「あら、隼人さん。お気遣いありがとうございます。ところであの輸送車ですが、先ほど通過した廣島へ向っているんですよ」

「廣島ですか?」

「ええ、ずっと町の拡張工事が続いています」

「そういえば、道もあちこち工事してますよね」

「そうですね。もともと山陽道は真っ直ぐだったんですけど船での輸送が本格化しているので、街道は付近の町に寄れるようにといたるところで付け替え工事が行われています」

 人員輸送車は本郷宿を過ぎ、ここからは備後国びんごのくにである。

「もうすぐ尾道ですね。吹雪さん、今日はこの辺りで泊まりですか?」

 堀田先輩が尋ねると、神辺かんなべ宿まで行くと答える吹雪さんに堀田先輩は残念そうだ。

「たいぶ日が傾いてますし、瀬戸内海随一の港だって聞いたことあるのでちょっと見てみたかったんですけどね」

 珍しく堀田先輩がこだわっているので、どんなところか聞いてみることにした。

「堀田先輩、何かあるんですか?」

「港以外にも、この前月山から厳島へ向かうとき交わった銀を運ぶ道があったでしょ? あれが到着する場所だったり、山と島に挟まれた川のような海路とかあるって聞くから見れるかなと思ったんだけどさ」

 これに吹雪さんがつまらなそうにする。

「確かにそうですけど、別にいいことなんてないですよ。代わる代わる海賊が来るぐらいです。今は、村上水軍と名乗る者たちが支配しています」

 俺はこれを聞いて気になった。

「ひょっとしてその海賊、頭が魚だったりしませんよね?」

「隼人はバカでチュ」

 言っておいてなんだが、自分でも思う。でも、栄えている町に泊まりたくなさそうな吹雪さんの選択が不思議だったから言ってみたわけで、では霞はここに泊まりたくないのかと聞いてみることにした。

「でも霞。そんな立派な町なら、魚料理とか期待できると思わないか?」

「うーん。吹雪さん、ここで泊まるでチュ」

「ほら、立派な町だと旅籠代も高いでしょ」

 これでも吹雪さんがダメだと言うのに、また堀田先輩が食い下がる。

「吹雪さん、旅籠代って経費ですよね? 領収書もらっておけば神託部が払ってくれるんじゃないんですか?」

 街道のつながりもよく調べているなと思ったけど、そんなこと誰から教わったんだろう?

「はぁ、しょうがないわね。だから神辺まで行きたいのよ」

 吹雪さん、折れてくれるかと思ったら、だからこそ行きたいって何なんだろう。

甘南備かんなび神社に知り合いがいるからそこで泊まりたいの! 最近は、神社への寄進とかが少ないのよ。いえ、むしろ没収もあるぐらいなの」

 そういうことか。支援のために施設を利用したいなんて、大人の世界って怖いと思う。


 翌朝出発し、すぐに備中国びっちゅうのくにに入ったかと思うと、今度は矢掛やかげ宿で吹雪さんのとらえどころのない行動が始まった。

「堀田さん、そこの店の前でちょっと止めてくださらない」

 堀田先輩が車を止めると、俺たちを待たせ吹雪さんは店に入って行く。そしてすぐに出てくると、人員輸送車に乗り込んで用が済んだからと出発させたのだ。

「あれ、菓子屋さんですよね?」

「そうよ、松下さん。お婆様に柚子餅ゆべしでもと思って注文しておいたの」

「配達してくれるんですか?」

「まさか、帰りにまた寄るつもり。時期的にぎりぎりだからどうかと思ったけど、まだ平気ですって」

「平気って、これから伊賀に向うんですよね?」

「ええ、あなた方はね。わたくしは岡山までですので」

 発動機の振動と車輪が地面を転がる音がする中、俺たちは考える。

「言っていませんでしたっけ? 岡山に山中教官が来ますので、また交代です」

 言ってない。微塵も言ってない。

「ところで“ゆべし”って、季節あるんですね」

「当然でしょ隼人さん。柚子が取れなければ作れませんので」

 俺と同じことを思ったのか、松下先輩が聞いてくれた。

「ゆべしって、求肥ぎゅうひを醤油や砂糖で味付けして、胡桃くるみを入れた菓子でしょ?」

「それは、柚子が取れない地方がマネっ子で作ったものです。本来は胡桃ではなく柚子を使うんですのよ。矢掛では、柚子のヘタを切り取って中をくりぬき、柚子を練りこんだ羊羹をそこに入れて蒸したものが名産ですの」

 吹雪さんが自慢げに話していると、やっぱり霞が騒ぎ出す。

「どっちでもいいが、私たちの分は買ってこなかったのか?」

「だってー、まだ朝早いですし、すぐにはできませんから」

「納得できないでチュ。堀田先輩、引き返すのだ!」

「ええ」

 堀田先輩が困っていると、吹雪さんが提案する。

「岡山で山中教官と交代しなければなりませんので戻れませんけど、板倉に黍団子きびだんごを扱っているお店があると聞きます。霞さん、それで手を打ちませんか?」

「うーん、分かったでチュ」

 霞、ちょろいな。確か、鬼退治の伝説が残る場所で、えっと侍が、餌付けで動物を鬼退治に巻き込む話だったよな。犬、猿、あと鼠だっけ?


 伝説の地に着き茶屋に入ると、壁に貼ってある売り文句を見て霞が指摘する。

「黍の字が間違ってるでチュ」

 出てきた店主はニコニコすると、

「これは、吉備津彦命きびつひこのみこと様が温羅うらという鬼を倒したという伝説から、お借りして付けさせてもらっているんですよ」

と説明してくれる。

 それを聞くと霞は、とんでもないことを言った。

「鬼退治の話でチュか? どこにでもあるような話でチュ」

 たちまち、店主から笑顔が消える。

「やなら、他行ってくださって結構ですよ」

 宿場全体が押せ押せドンドンなのに、この発言は冒険最大の危機である。他に行っても相手にされないかもしれない。

 俺は、はぐらかそうと知恵を絞った。

「そんなことないよ、霞。鬼だっていろいろいるだろうし、名前まで付いているんだから物語を聞かずして判断するなんて早計だよ」

「うむ、確かに。赤鬼と青鬼の他にも鬼がいるとはな」

 霞が話に乗ってきたところで、何とかごまかせたようだ。

 やっと吉備団子を売ってもらえ、岡山に向けて出発できる。

「まったく、霞が余計なこと言うからややこしくなったじゃないか」

 走る人員輸送車の中で長三郎に怒られると霞は、買う時にもれなく付いてきた店主による伝説語りからこう答えた。

「黍団子は桃太郎からではなく、鬼から奪い取るものだったらしいな」

 霞にとっては温羅ではなく、店主が鬼だったらしい。

「まあ、どちらでもいいから食べましょうよ」

 話が重かった俺も穂見月と同じ気分だ。

 と、いうことで、お昼前だというのに黍団子を食べた俺たちは、ようやく岡山に入るのであった。

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