第73話 踊る

「もうダメだー」

 走れない。武器に石が付いていたところで、装備が軽くなったり足腰が強くなったりするわけではないのだから。

「これだわ」

 松下先輩が開けた箱から、ようやく共鳴石が出てくる。

「じゃあ引き返そうか」

 堀田先輩の言葉にため息が出る。これで帰れると。

 うん? 静かだ……。

 辺りは本当に静かになっていた。

「やばいでチュ」

 永遠に戦っているかと思われた大蛸と武士が動きを止め、皆こちらを見ている。

「うん、やばいね。走ろう」

 俺は、というより俺以外も、堀田先輩に言われるまでもなく箱をそれぞれ抱えると走り出していた。

 カシャンカシャンカシャンカシャン

 猛烈な速度で、武士が追いかけてきて、その後を蛸が走っている。

「あいつら早いぞ、急げ隼人」

 くたくたで、長三郎に返事すら返せない。

 そして振り返ると、蛸が武士を蹴散らしながら前に出ている。

 蛸の方が早いのかよ。伊達に足八本ないな。

 だが、何とか通路まで逃げ込むと蛸は大きさで入れないようだ。

 助かった……。

 と、そのとき。「あ」

「何やってるのよ隼人」

「松下先輩、足が足を」

 蛸が通路に入れた足に、最後尾を走っていた俺の足が捕まる。

「まったくのろまでチュ」

 霞が忍刀を抜き、蛸の足をザクザク切る。

「ほら隼人、急ぎなさい。武士たちもいつ来るか分からないんだから」

 松下先輩は続けてこうも言う。

「霞、足はいいから」

 霞が、切った蛸の足を回収している。

 みんな箱だけで手一杯なのに……。

 霞に蛸の足は諦めてもらい、俺たちは反時計回りになった通路を進み戻る。

 そしてあの光り、もうすぐ外だ。

「ねえ鮫吉、後ろからカチャカチャ音がするんだけど」

 小さいが、通路で反響している音が聞こえてくる。

 俺たちは、少しずつ早足になっていく。

 はぁ、はぁ、はぁ。

 小船だ。よかった吹雪さんが乗ったまま待っている。

「吹雪さーん」

 俺が名前を呼ぶと、海を眺めていた吹雪さんがゆっくり顔をこちらに向ける。しかし、その穏やかな表情が急に変わると、胸に手を入れお札のようなものを数枚取り出した。

 へ? 俺たち殺される?

 こちらに向って投げられたお札は真っ直ぐ進み、俺の後ろの地面に刺さった。

「ちょっと、変なの連れてこないでよ」

 お札から目を上げていくと、武士たちが数名見える。

 そして後ろで吹雪さんが呪文を唱えると、お札の刺さった地面から小鬼が沸いてくるのである。

「早く来なさい!」

 俺たちは、急ぎ乗り込み船を出す。

「「せーの、せーの」」

 武士たちは小鬼に絡まれ、矢を放つことができない。

 少しずつ島から離れ、ここまでこれば矢は届かないだろう。

「まさかあの武士、海上歩いてきたりしませんよね?」

 俺が吹雪さんの方を見ながら尋ねると、半ギレで答えられる。

「知らないわよ!」

「ところで、海上にいた海賊の霊もいなくなりましたね?」

「え?! 知らないわよ」

 そんなことまで怒らなくてもいいのに。

 行きと違いそのあとも何もなく、無事船着場まで戻れるのであった。


 俺たちは箱を抱え、桃さんが待つ拝殿に入った。

「おお、ご苦労じゃたのう。だが随分、時間がかかったようじゃが」

 桃さんの発言に、正直俺はムッとした。そして堀田先輩も言っている。

「そう言われても、あれだけ化物がいたらかかりますよ」

「うん? 何かおったか」

「ええ、宝物庫にいた蛸だけじゃなく、海賊の霊がうろつき、紅葉が襲ってきて、挙句に統率の取れた武士の軍団。死ぬかと思いましたよ」

「おかしいのう。蛸以外は初耳じゃが……」

 桃さんが吹雪さんの方へ目をやるので、俺たちもそちらを見る。

「だって、簡単に渡すわけにはいかないでしょ!」

 この言葉に松下先輩が詰め寄る。

「どうゆうことよ、山中教官の件といい。そういえば最後、武士を足止めするために小鬼を召喚してたけど、あれ全部あなたの仕業なの?」

 ソッポを向き、吹雪さんは口を尖らせたままだ。

「はぁー」

 桃さんが呆れ、ため息をつく。

「それで水の共鳴石は見つかったのか?」

 桃さんに言われ、俺たちは水の共鳴石の入ったものを含め全ての箱を開け並べて見せる。

「こんなにたくさん回収せんでもよかったのだがな。まあ、そう怒るな」

 たぶんみんな怒っている。そして松下先輩はどう見ても激おこだ。

「吹雪が言っておるように渡すつもりじゃたんじゃ」

「水の石を?」

 ふて腐れながら松下先輩が答える。

「そうじゃ。取りに行かせたのは腕試しのつもりじゃった。これができないようなら渡しても使いこなせないだろうからな」

「死んだらどうするつもりだったのよ!」

「あの大蛸はな、昔からいる守り神で、宝物を取り出す際は専用の蛸壺を使えばよかったのじゃ。だから危なければそれを使えばよいかと思ってな」

「ふーん」

「どれ、お前の杖を貸してみよ。見ての通りこの石は加工済みじゃて、すぐに取り付けられる」

 そう言うと桃さんは、「おい!」と部下の巫女を呼び松下先輩の杖と石を加工させるために持っていかせる。

「この先、土の遺跡を探すなら、風の塔に向うことになるじゃろう」

 堀田先輩はちょっと間を置いて答える。

「そうですね。予定はないのですが、火の洞窟と水の回廊ときて情報がないなら、後はそこを尋ねるしかないかも知れませんね」

「予定がないだと? まったく吹雪は何も話してないのだな」

「ええ?」

「まあ、どちらにしろ、それしかないだろうと私たちは思っていたということじゃ。引き続き吹雪が案内するからな」

 次の目標が決まったところで、先ほどの巫女がもう戻ってくる。

 そして桃さんが受け取ると、松下先輩にそれを渡した。

「ほれ、なかなかいい石だから、お前さんの期待に答えるだろう。それに宝物庫に置いといてもしょうがないしのう」

 こんな言い方をしているけど、宝物庫は壊れるような建物ではなかったのだから、最初から松下先輩に渡すつもりだったことは本当だろう。

「それじゃあ遠慮なく使わせてもらうわ。この調子じゃ、風の塔でも何があるか分からないしね」

 そう言うと、松下先輩はガッツリ杖を掴む。

 命がけでやったのだから当然と思っているのかも知れない。

「気合が入ってるぐらいで丁度ええじゃろう。おお、もってけ!」

 こうして、詳しくは後で吹雪さんが説明するからと桃さんと別れ、宿舎に戻ることになる。

 そして明日にはもう出発と聞くと、まだまだ吹雪さんに踊らされているようだなと感じるのであった。

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