第72話 左右

 左右に分かれた俺たちは、出口から壁沿いにある岩々に隠れながら少しずつ進む。

「堀田先輩、この分かれ方、こっちが突っ込む役割ですよね」

「そうだね。でもあの足、どうしたものかな」

 俺たちが様子を伺っていたのは、でかいたこであった。足が八本あるかまでは数えられないとしても、いっぱいあるそいつが岩壁の前に鎮座していたのである。

「ヌルヌル動いてますけど、丁度、壁に穴が並んでいる部分で待ち構えてますよ」

「うん、石に惹かれているのかな」

 やっぱりそうなんだなと、俺も堀田先輩と同じ考えだ。

「ところで武士たちが追いついて来ませんけど」

「ひょっとしたらこいつがいるのを知っててこないのかもね」

「と、なると、とりあえず蛸をやるしかないですね」

 蛸はこちらにも、同じような距離に進んだ松下先輩たちにも反応している様子はない。

「霞、大蛇のときみたいに囮になってよ」

「無理でチュ。囮になったところであれだけ足だか手だかがあれば全部釣れるか分からないからな」

 しかし、向こう側にいる長三郎がカクカク動いている。

「隼人、どうやら向こうの馬鹿が待望の囮をやってくるみたいだぞ」

「そのようだね……」

 たぶん、“俺が囮になっている間に、そちらから三人で仕掛けろ!”と、合図しているのだ。

「後ろから三人でかかれば何とかなるかもしれないし、やってみるか」

 堀田先輩は頷き“分かった”と、合図を送り返した。

 そして、長三郎が飛び出す。予定通り、大蛸は長三郎の方に体を向けた。

 間は完璧だ。

 俺たち三人は、一斉に蛸に走り寄る。

 まだ蛸は、向こうを向いている。足がいくらあろうと、気づかれなければどうということはないはずだ。少し……いや、だいぶ大きい図体ずうたいだが、俺も堀田先輩も石つき。一気に切り落としてくれる!

 だが、

 ブシュー……

 大蛸のひと吹きで長三郎は吹き飛ばされ、穂見月と松下先輩と隠れていた岩よりも遠くに飛ばされていく。

(おい!)

「まずい、こちらに旋回しているぞ!」

 霞の言うとおりで、足を一本も引きつけずに速攻退場されてはさすがに間に合わない。

「元いた場所へ」

 堀田先輩の指示で慌てて戻り、一息ついてから穂見月たちの方を見ると鉄仮面つきの兜を被ってるかのように顔が黒くなった長三郎がすでに戻っていた。

「困ったね。足だけじゃなく、墨まで吐くとは」

 堀田先輩の話に、普通吐くんじゃないですかと言いそうになったけど問題は手がないことだ。

 カシャン、カシャン、カシャン、カシャン

「堀田先輩、あの音」

「うん、さっきの武士たちだね。蛸がいるからこなかったんじゃなくて、大鎧が重くて遅かったようだね」

 彼らは廊下のような通路から出ると、俺たちとは違い大蛸を正面にして隊列を組む。

「まともにやり合うつもりですかね?」

 前列から盾持ち、弓持ち、そして太刀を抜いてすでに握っている者が待機している。

 何人いるんだよ。三十はいるか? 通路に逃げ込んでなければどうなっていたか。

 もちろん蛸も、持ち場に遠慮なく展開する彼らに気がついているので体を向け直し、睨みあう形になっていた。

 大将風の者が太刀を振り下ろすと、矢が射掛けられ反応しヌルヌル動く蛸に兵たちが続いて突撃していく。

 パン! ビシャ! パン! パン! ビシャ!

 蛸の足が兵を弾き飛ばしたり、空振りして水溜りを叩いたりしている。

 乱舞する蛸に兵が一掃されるかと思ったが、飛ばされた兵はまた立ち上がり蛸に取り掛かっていく。

 うーん、たぶん霊だからやられないんだろうけど、果敢に挑む姿が格好いいな。

 などと観戦していると、反対側にいた三人もこちらにくる。

「あいつら永遠に戦ってるつもりじゃないでしょうね? 鮫吉、どうするのよ」

 松下先輩に聞かれ堀田先輩が悩んでいると、霞が気づく。

「よく見てみろ。あの蛸、足の動きに法則性があるぞ」

「なるほど、気が回らないのか習性なのか分からないけど、確かに流れのようなものがあるみたいだ。さすが霞、よく見てるね」

 堀田先輩が褒めているけど、言われればそんな気がする。

「ねえねえ、蛸倒さなくてもいいんだよね? ならさ、その隙をついて宝物だけ回収すればいいんじゃない」

 松下先輩が言うように、依頼は討伐ではなく石の回収だったはずだ。

 これを聞き「そうだよね」と堀田先輩が作戦を立てる。

「それじゃあ足の間を縫って、奥にある穴を目指そう。僕と長三郎で隼人の左右を武士たちから守るから、隼人は中に入って石を回収するんだ。舞と穂見月は回復待機、霞は足の動きを教えてくれ」

「わかりました」「わかったわ」「まかせるでチュ」

「よし! 行くぞ」

 俺は左右を固められ、穴に向って突撃した。

「右、右、左、右、左、あ、やっぱ右でチュ」

 指示はよく分からないけど、堀田先輩と長三郎のおかげで武士から流れてくる攻撃は防げている。

 俺は蛸の守りを抜け、壁に開いている穴に辿りつくことに成功した。

 ど、どれだ? 漆塗りなのか綺麗な箱が複数あるが……。

 三個抱えると急いで外に出、そして元いた岩の後ろに戻る。

「隼人、これ?」

「いえ、松下先輩。まだ箱あったんですけど、一度に三個しか持てなくて」

 箱に注目が集まる中、とりあえず開けてみるが石は入っていない。

「祭事なんかに使う装飾みたいだけど、違うわね。もう一度、やってみましょ」

 武士と蛸は、まだ不毛な戦いをしている。

「左、左、右、左、上」

 また三個抱えると、時間切れで戻ってくる。

「これも違うでチュ」

「なあ霞。代わってくんない? 上とか言われても困るんだけど」

「だが隼人。お主、足の法則が分かってないのだろ?」

 うっ……確かに分かっていない。

 こうして、一度に三個しか取れないのに繰り返す羽目になるのであった。

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