第77話 双六

 旅籠で一息つき夕飯前だ。

「どうしても手に入れたいな。隼人、何かいい手はないもんかな」

「そうだな長三郎。運任せっていうのも困るよな」

 男部屋で話していると、襖を少し開けた松下先輩が廊下から手招きをしている。俺と長三郎はそのまま女部屋までついて行った。

「松下先輩、どうかしましたか?」

「真帆が話したいことがあるっていうのよ」

 それは、明日の双六についてだった。

「あの槍を手に入れるためには、半々の運任せではダメだと思うのです」

 真帆さんが言うように、石津屋さんと山中教官の一騎打ちであり、俺たちは見学だけで双六自体には参加しない。

「で、真帆が提案があるって言うんだけど、山中教官が聞いたら『卑怯だ!』とか言いそうだから二人だけを呼んだわけ。鮫吉には後で言っておけばいいかなと思ってさ」

 松下先輩がそう言うので、真帆さんにその提案とやらを聞くことになった。

「えっとですね。まず、サイコロの一の目の方に鉄の塊を寄せて入れるのです」

 ああ、聞いたことがある。でもあれって鉛じゃ? それに交互に振るのだから有利にはならないよね。

「そして、こたつの下から磁石で引っ張るのです」

 そういうことか、俺にも分かった。

「つまり、掘りごたつの下に誰かが隠れて山中教官のときだけ六を出すってことだよね」

「そうです、中条さん。でも勝負は明日ですので、卓の下から引き付けられる磁石を今から用意するのは難しいと思います」

「ならどうするのさ」

「人員輸送車の蓄電池を使うのです。五寸釘に銅線を巻き付けて電磁石にします」

「電磁石? 聞いたことはあるけど、そんなんでできるの? ねぇ、長三郎知ってる?」

「まあ、専攻が、輸送・修理学科だからな。原理は分かる」

「隼人、バカでチュ」

「じゃあ、霞は知ってたのかよ?」

「伊達に無線使ってないでチュ」

 松下先輩が割って入ってくる。

「まあまあ。理屈はこの際知らなくてもいいわ。やる事を知っていて欲しいだけだから。サイコロのすり替えは霞。こたつの下には私と真帆が忍び込むから。それでその時、陽動は穂見月がかけるってことで話はついてるの」

 つまり、こちらの部屋だけで話は決まっているので、「ジャマはしないでよ」ってことらしい。

 そして、必要な物の準備も終わっていると言うので、俺と長三郎は何もすることがなかった。


 翌日、朝早くから石津屋に向う。

「松下と妹さんは来ないのか?」

「はい、教官。妹さんの学校見学に松下先輩は付き合うということです」

 サイコロぐらいなら平気だろうけど、忍び込むなんて上手くいくのかなと思いながら石津屋に着く。

「ささ」

 言われるまま履物を脱ぎ足を拭くと、一段高くなっている畳の部屋に上がった。

「こんな時間じゃ来られるまでにすっかり冷えてしまったでしょ。どうぞこたつに入って下さい」

 生徒五人と山中教官、それに石津屋さんが入ってもあと二人は並んで座れる大きさだ。広すぎてぬるいが、長くあたるならこれぐらいで丁度いい。

「みなさんは見ているだけではお暇でしょうから、菓子を用意してありますよ」

 石津屋さんがそう言うので、穂見月がお茶を入れる手伝いを申し出る。

 サー、サー

 穂見月が襖を開け閉めしながら土間どまとこの部屋を行ったり来たりしていると、堀田先輩が上を見て、

「あのーこの上の」

と言うので俺も見上げると、外の輪が二尺以上ある鉄の複数の輪が段上に重ねられた物が吊るされているのだ。

「な、何ですかこれ?」

 おっかない、と俺は思い、思いっきり聞いた。

「ああ、これも和蘭の物の模造品で瑠璃灯るりとう(シャンデリア)というんですよ。輪の所々に受け皿があるでしょ。あそこに蝋燭ろうそくを立てて使うんです」

「なるほど、行灯あんどんの代わりということなんですね」

「ええまあ。でも、三貫もありますんで、上げ下げが面倒なので普段は使いませんがね」

「ええ、そんなに重いんですか?」

「大丈夫ですよ。犬釘でしっかり鎖を止めていますんで」

 すごいもんが吊ってあるなと、しばらく上を見上げてしまう。

「ささ、双六始めようじゃありませんか」

 そして二人の対決が始まるのだが、俺は今頃思い出す。

 ひょっとして、二人は忍び込んだの?

 気になり、こたつの中を覗きたいがそういうわけにもいかない。


             ******

 楽勝よ。

 ところで狭いんで、

(ちょっとお姉ちゃん、もうちょいあっち行ってくれる?)

と肘で突く。

(蓄電池がじゃまなのよ)

とお姉ちゃんは、体で隠れて見えない蓄電池を指差している。

 私は手を上下に動かし、

(五寸釘を支えている柱を置けないから)

と再び訴える。

 するとお姉ちゃんは、蓄電池を跨ぐ姿勢になりながら股の間にそれを置いた。

 ……すぐに六ばっかり出てもおかしいわよね。

 上の様子を伺うことにする。

「おいしいでチュ」

「上の粗目ざらめは飾り付けの意味もあるんだろうけど、一層甘いわね」

「穂見月、甘すぎるでチュか?」

「霞、あげないわよ」

「なぜ、言おうとしていたことが分かったでチュか?」

 ……ちょっと、何食べてるのよ? こっちはこたつの中で熱いし動けないしなのに。

 私がイライラしていると、お姉ちゃんは両手の平を上に向けてあわあわしている。

 なに?

「山中殿、また一回お休みですね」

「“売掛金の回収に失敗”一回休みだと」

「“色仕掛けの女に引っかかる”山中殿、またまた一回お休みですね」

「この俺が、女の間者かんじゃなんぞ引っかかるか! なんだこれは」

 はぁ。うまくいってないみたいね。そろそろかしら。

 私が頷くと、お姉ちゃんは蓄電池との間につけたつまみを少し回した。

「クッソ。一とか二ばかり出やがる」

 本当にこの人、運がないんだな。

 などというのはともかく、こちらとしても六が出せないのは面子に関わるわけで。

 うまくサイコロの位置に五寸釘の位置があってないのかな? サイコロが卓に当たる音とか聞いてる限り、大体この辺で振ってると思うんだけど。

「石津屋さん、瑠璃灯も独特な形ですけど、この卓の天板も綺麗な模様ですね」

 お姉ちゃんがよく手紙で書いている、堀田さんの声が聞こえてきた。

「おお、お目が高い。これはまほがにーという木材で、こちらも輸入物です。木材自体も珍しいのですが、この大きさこの厚さの物はなかなか手に入らないそうです。いやいや、随分吹っかけられましたよ、ハッハッハ」

 石津屋さん上機嫌だけど、これで分かったわ。

(上げて上げて)

 私は手を、猫が爪を立てているような形にして左右に回す。

(ウンウン)

 磁力を上げようと、お姉ちゃんはつまみを回していく。

「よし! 一二三四五六っと」

 ええと、教官さん? の、気合の入った姿が目に浮かぶ。ほんと、のん気な人なんだな。

「いやはや、急に流れが変わりましたな」

 適当に六を混ぜたつもりだったけど、石津屋さんガッカリしてるし少しやり過ぎたかなぁ。

 でも、このまま勝たせてもらわないとね!

 シュー……

 うん?

 お姉ちゃんの方を見るとつまみは全開になっている。

 え! やば!!

 私が五寸釘に目を戻すまでの瞬間に巻きつけた銅線から発火したようで、煙がシュルシュルと立ち上る。

(消さないと)

 あっち!

 慌て、五寸釘を挟み立てていた台を倒してしまう。

 ボォ!

「真帆、火! 火!」

 布団に火が燃え移り、お姉ちゃんは慌て大声を出す。

「うん、外へ」

 私も大声を出し、天板で押さえられている布団を潜り抜けると飛び出すのであった。

             ******

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