第70話 島々
「見るでチュ。浮いてるのだ」
その場所に入るとすぐに、漕いでいる手を止めた霞が指を差した。
「頭に巻いた布といい、持っている小刀に漆を塗っているところといい、海賊のようだね」
堀田先輩が言う海賊は、体下半分が透けていて足もなく、そもそも浮いているだけでなく船にも乗っていない。
うーん、だけどな。頭が魚なんだよな。体はどう見ても人だけど、首から上が魚なんだよな。
「ひぃー。霊よね、あれ霊よね?」
穂見月が、空気を吸いながら変な声を出し怖がっているが、すでに弓に矢を当て引っ張ろうとしている。
早いな。問答無用に臨戦態勢なんて、どっちもどっちだよな……。
と、思っていると矢は発射され、霊の腹、ど真ん中を通過していく。
やはり、透けているだけあってダメなのだろうか?
しかし、矢の通過した部分を中心として渦のような流れが見えると、そこに吸い込まれるように霊の姿は消えた。
「効いてるようだね」
「ええ、堀田さん。共鳴石の効果で霊が
そして吹雪さんは、針路上にいる霊も接触する前に倒してしまった方がいいだろうとも言う。
敵意を感じるわけじゃないけど、どこを取っても接触したくないよな。
俺も剣を抜き、船に近い者の前で振ってみる。
直接当たらなくても、剣の描いた線から瓦解している。
こんな感じでこぢんまりしたことをやっていると、吹雪さんが上陸したいとひとつの島を指定した。
「あそこが宝物庫のある島なの?」
「いえ、松下さん。でも、あの島に生えている木をよく見てください」
「うん? おかしいわね。一月なのに、一面
「ええ、おかしいです。瀬戸内だって、そこまで温暖ではありません。瘴気とも思えませんが、何らかの影響でああなっているのでしたら、調べておくべきだと思います」
松下先輩だけでなく、俺たちも堀田先輩の顔を見る。
「よし。分かった行ってみよう。宝物庫から流された物が漂着した、なんてことがあっても困るからね」
船を寄せるが、最初に言っていたように吹雪さんは降りてこない。
「海賊の霊はその場に留まっているだけのようですし、動かなければ平気ですよ」
向こう岸が見えるような小さい島だったので、何かあれば戻ればいいと六人で見に行くことにした。
「なにもいなし、特にこれといって異常はないわよね」
松下先輩が言うように、周りの木々の葉の色以外変わりはない。むしろ、誰も歩いていないフカフカした土など、散策したくなるような環境である。
そして木々が途切れ開けた場所になると、
「この辺りは日当たりもいいし、周りを囲む木々で海風も弱まって気持ちいいね」
と穂見月が言うように、穏やかさにお弁当でも持ってきて食べたいぐらいだなと思う。
しかし、その開けた場所の中心部に進んだところで先輩たちの足が止まる。
「どうかしましたか?」
「動いてる?」
俺が聞くと松下先輩がそう言うのだが、何か動いただろうか? でも、堀田先輩も同時に止ったからそのようだ。
ザワ! ザワ! ザワ、ザワ!!
動いた。各方向から聞こえる一糸乱れず動く音は、風で煽られらものではなく意思で立ち上がったものだ。
木々の枝にある葉が、枯れ葉色のくせに垂直に立ち上がったのだ。
「葉っぱの妖精でチュ」
「いや、木の化物じゃねえのか?」
霞が言うように妖精なのか、長三郎が言うように木そのものが化物なのか?
俺たちは穂見月を囲み、円になると武器を抜けるように柄に手を添える。
ヒュー ヒュー ヒュー!
立ち上がった紅葉は、ひらひらとではなく波に乗るように勢いよくこちらへ向ってくる。
意思があるようには思えないが、攻撃してきたことは間違いない。
「とりゃ」「はっ」
当たったときの被害は分からないとしても、遮蔽物もなく穂見月を守らなければならないのだから叩き落すしかない。
「ほっ」「ハィ」
「大したことないとはいえ数が多いわね。それにいつまで続くのか」
「木の方は動いたりしてないけど、どうしたもんかな」
松下先輩も堀田先輩も悩んでいるようだ。
「隼人、属性力を使って火を起こすでチュ」
「え?」
「あたいが、
そんなことできるのか? 霞がではなく、俺がである。しかし堀田先輩によると、武器に乗った属性を離脱させることは可能だというのだ。
「隼人、周りは俺たちで固めるから、集中して属性力を溜めるんだ」
堀田先輩の説明が終わると長三郎がそう言い、それを聞いた霞はさっさと始めてしまう。
できるのか……だが霞が、構える忍刀にも苦無にも石がないのにやってみせるというのだから、俺だってできるはずだ。
霞の両手から現れた光る線が大きく辺りを包み込むと、それは次第に狭くなっていき連れて回転が速くなっていく。
洞窟の時、穂見月が背負っている経由装置から出た光りと同じ原理だろう。
合わせ俺は、剣に意識を集中させる。剣全体が赤く光り、段々強くなる。
教えられたとおりに、一点に光りが集まる想像を頭に描く。
「今だ隼人。さつまいもがなのだから、紅葉など一気に焼き払ってしまうでチュ!」
いけるぞ!
その一点に集まった瞬間、風の中心に向けて剣を振り抜いた。
切り離された力は濃い赤の塊になって、線のような筋を残しながら風の渦に向っていく。そして接触した途端破裂するかのように光ると、炎と風が一体となった渦が激しく巻いたのである。
水分が少ないからか紅葉はボワボワと次々に燃え、ちりちりと粉になっていった。
「これで全部かな?」
残っていた残骸もみんなで打ち砕き、堀田先輩が言うように襲ってくる葉はなくなった。見渡せば冬らしい枝だけの木々が佇んでいるだけだ。
その後、しばらく警戒しながら島を調べるが、紅葉が残っていた理由や襲ってきた理由になりそうなものはない。
俺たちは船に戻ることにした。
「ここからも見えましたよ。すごいじゃないですか! とても生徒さんとは思えません」
船に乗り込むと吹雪さんが絶賛してくれるけど、そんな俺たちはまた針路にいる魚の頭を持った海賊をつついているわけで、全然カッコ良くない。
「宝物庫がある島まで、まだかかりますか?」
「いえ、堀田さん。比較的大きな島なので、もう見えてますよ」
吹雪さんがそう言いながら指し示した先の島は、先ほどとは比べ物にならないぐらい大きい。
「でも、座礁したら面倒ですので、焦らないでくださいね」
浅瀬に注意しながらゆっくり進むと接岸する。
漕ぐ手伝いはしてくれなかったけど、案内してくれなければ接岸できる場所が分からなかったのも確かだ。
「では、お願いしますね。わたくしはまた、船で待っておりますので」
襲われたら、ここではさすがに戻ってくるというわけにはいかない。吹雪さん一人で大丈夫だろうか?
「わたくしもそこそこ腕に覚えはあるのですよ。ただ瘴気だけは、なんともならないというだけのことです。それよりも、あなた方も注意してくださいね。周辺と中核では違いますので」
俺たちの顔を見て考えていたことが分かったらしく、吹雪さんはそう続けた。
堀田先輩はそれでも迷いはあったようだが、周辺と中核の違いと言われ六人で行くべきだと決めたようだ。
「わかりました。できるだけ急いで行ってきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます