第68話 吹雪

 山中教官もこの時間なら、お昼を済ませているだろう。

 呼び出してもらうと、俺たちが使わせてもらっている侍屋敷までくるのだが表情が硬い。

「なるほどな。確かに本部からの指示もないし、うまくできるかは分からないとしても行ってみる価値はあるだろう」

 うーん。山中教官、フラれたことを根に持っているってことはないよな? どう見てもあれは、教官の方に問題があるような気がするし。

 話を聞いた山中教官がさっさと部屋を出て行ってしまうので、俺は堀田先輩に確認する。

「堀田先輩、行くってことでいいんですよね? あれ」

「そうだね。僕の刀ができるまでまだかかるから、細かい話はしなかたんじゃないのかな」

 そういうことなんだろうと俺たちは、城下町に遊びに行ったり、神社めぐりをしたりしながら数日の暇を潰していた。


「あ、教官」

 夜、山中教官が侍屋敷にやってくる。

「揃ってるな。話がある。実はお前たちが言うように、刀ができたらすぐに厳島神社に向うつもりであったのだが、国での、つまりここでの仕事が入って俺はしばらく動けんのだ」

 堅苦しい態度だったのも、城に篭って話に来なかったのも、どうもそのせいのようだ。

「それに厳島神社へ抜ける道は、石見銀山から瀬戸内方向に抜ける道と途中で重なる部分があるので尚更まずい」

 ふん? 何でそれが問題なのだろう。

「それでしたら、ご心配には及びません。わたくしが彼らに同伴いたしますので」

「いや、それは」

 吹雪さんが代わりを申し出るが、当然山中教官は断ろうとする。

「こちらに来てからというもの、どうも雲行きが怪しいと思いまして、神託部本部の許可ももらっておきました」

 ええ? 何者なの吹雪さん。と、思っていたら山中教官はお見通しなのか、

「そうか、やはりな。初見のときから、何かあるとは思っていた」

と言うが、横で霞がつぶやいた。

(ウソでチュ)

「ところで皆は何故、名前で呼び合っているのだ?」

 あー、ここが気になるようじゃ、霞の言うとおりだろうな。

 引継ぎはまた後でとなり、山中教官は急ぎ足で部屋を出て行った。

 本当に忙しそうな教官がいなくなったところで、吹雪さんに直接聞いてみる。

「吹雪さんって、警察官なんですか?」

「いいえ、ただの巫女です。でも、神託部というところぐらいには、顔が利くということかしら」

「そうなんですね。それから、山中教官が“まずい”とか言ってましてけど、俺たちで守るので心配しないでください」

 こうして俺が決めると、どうしてか松下先輩が口を挟んでくる。

「隼人はさ、まずい理由が分かってんの?」

 うん? うーん。

 堀田先輩、説明お願いします、と目を向けてみる。

「たぶんだけど、動けない理由がここでの仕事で、しかも、銀の輸送路になっているところに行くのがまずいというのなら、毛利家絡みじゃないかな」

 これを聞いて、吹雪さんがニッコとする。

「当りと言っていいでしょうね。はやし殿が兵を召集していると聞きましたので」

 俺は合戦でも始まるのかと驚き、長三郎や穂見月の顔を見てしまうがそうではないらしく、過去の軋轢あつれきでたまにこうなるらしい。だから、こんな時期に尼子家の山中教官が、わざわざ際どい場所へ行くこともないだろうという話だったのだ。

「なので隼人さんも心配はいりませんよ」

 “心配はいらない”を切り返され恥ずかしさ倍増の中、今日は眠ることになった。

 そして、親方に頼んでから一週間が経ち、寺本さんに呼ばれ保管庫へ行くと真新しい打刀うちがたなが渡される。

「これが、」

 堀田先輩は保管庫から出て、鞘から抜くと構え感触を確かめている。その手にあるものは夕日に照らされ刀身は放射状に輝き、共鳴石は黄金色の光りを内包していた。


 翌日、朝。

 山中教官と寺本さん、それから秋上さんに見送られ、まだ暗い時間に出発する。途中の山越えを、少しでも明るいうちにしたかったからだ。

「鮫吉、まだ眠かったら寝てていいからね」

 今日は舞さんが先に運転している。

 そういえば、吹雪さんも一緒に荷台に乗ってるけど、四輪の免許は持ってるのかな? いろいろ隠してそうだから持ってそうだけど。

「厳島の巫女なら毛利家が手を出すことはないというお話ですけど、また妖怪は出るかも知れませんよね?」

「そうなのです隼人さん。わたくしが美人なばっかりに」

 もう、そのくだりはいいんだけどな……。

「でも、そちらも平気だと思います。だってあの妖怪、わたくしが使役させたんですから」

 え? わざとって、ことだよね?

「ど、どうしてそんなこと」

「どうしてって、あなた達に会うためによ」

「と、いうことは、俺たちの正体を知ってて……」

 だから水の回廊と聞いたとき否定や、驚いた反応をしなかったのか。

「山中教官のことも知ってたんですか?」

「ええ。話に聞いていただけだったけど、あんな金ぴかな鎧を側車に積んでいるんだからすぐに分かったわ」

 なるほど、それに合わせて召喚したと。

「お武家様と呼んで否定しないなんて、高官だということを隠す気もないようね。だけど一つ、予定外だったことがあったわ」

 これまでの流れを考えると、吹雪さんの先読みはすごい。では、想像できなかったこととは。

「まさかあなた達まで、人員輸送車じゃなくて二輪車に乗ってくるなんて」

 ああ、松下先輩のワガママは、この上をいっているのか。

「まあ、いろいろ成り行きで……ところで人員輸送車なんて、吹雪さんみたいな巫女さんたちは乗らないですよね。揺れるし狭いしで大変だと思いますが、少し辛抱してください」

 俺がそう言うと吹雪さんは、自身と穂見月のあいだに挟まれている霞の方を一度見てから言う。

「大丈夫よ」

 なるほど。こちらの長椅子は俺と長三郎の二人。そっちは二人半と。

「恐ろしい女でチュ。吹雪は雪女だ」

 うーん、そうかも知れないな。と、俺も思った。

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