第67話 玉造温泉
「ここね!」
松下先輩の気合に答えられそうな、瓦葺の屋根が張り出した立派な建物に到着する。
広間にある受付で入浴料を支払い穂見月たちと分かれると、俺たちは男性用露天風呂と書かれた立て札に従い外に続く石畳を進んだ。
小さな建物に着き履物を脱ぐと、一段上がり脱衣所で裸になる。そして内湯と書かれた札がかかる戸を開けた。
そこには大きな石に囲まれた、七、八人は入れそうな湯船があり、壁はないが屋根を渡してあるという立派な浴室があった。
かけ湯をし、早い時間だからか他に誰もいない湯船に三人で一気に入ると湯があふれ出る。
「贅沢すぎてもったいないね」
「隼人、ケチくさいこと言うなよ。あそこから湯がどんどん入ってくるんだから一緒だろ」
「かけ流しってやつだね」
堀田先輩がそう言うと、少し間を置いて長三郎が質問する。
「うーん、かけ流しって言うのは分かるんですけど、屋根があっても露天風呂なんですかね?」
そういえば、立て札には露天風呂と書いてあったけど?
「あれじゃないのかな?」
堀田先輩が湯から手を出し露天風呂と書かれた木札を指差した。
「なんだ、あの戸からさらに奥に入ったところに別にあるのか。隼人、行こうぜ」
「あぁ、待ってよ」
空気の冷たさに身を縮めながら湯船を出ると、飛び出して行った長三郎に置いてかれてしまう。
堀田先輩は来ないみたいだし、と後ろの戸を閉め追いかける。通路のように細くなっている入り口から湯があり、階段のようになっているところを進めば少しずつ深くなっていく。
屋根がないからか、ここは一層寒いな。
腰の辺りまで湯がくる頃には左右の壁がなくなり池のように広くなっていて、そしてその寒さのせいか濃霧のごとく湯気が立ち上っていた。
「おう! 長三郎。寒いのに何時まで突っ立ってるんだよ。浸かろうぜ」
そう言いながら近寄った時、水面からくびれていく腰と、さらに丸みを帯びた肩がうっすらからはっきりと見えるようになる。上に束ねた黒髪が大きく膨らんでいるその後姿は……、
「ほ、穂見月?」
上半身をひねり、うなじの向こうに振り返った横顔が見える。
「す、すいません。穂見月かと思ったんで」
「あら? 穂見月さんならよかったのですか?」
俺はクルッと回り、朱良さんに言葉も返さず船のごとく湯を割り進む。
「こ、露天風呂、混浴だったのか」
戸の向こうに戻るが、混乱が収まらない。
「あれ隼人? そっちに行ってたのか」
「え、うん。長三郎、戻ってきてたんだな」
「いやだって、隼人も堀田先輩もこないのかと思ってさ。広いし湯気で分からなかったけど、お前も行ってたんだな」
「う、うん。そうだね、湯気すごかったよね」
「……ところでさ、混浴って?」
再び湯船に浸かっても、風呂から上がり脱衣場で服を着ていても、そして今、受付のあった大きな瓦葺の建物に戻り、広間で女性陣と一緒に休憩していても聞かれるのである。
「あの時は、穂見月さんとどのような関係なのかと思いましたよ?」
竹で編まれた椅子に座り輪になっていると、睨みながら聞いてくる長三郎に朱良さんが答えてしまう。
「隼人、なんのことでチュか?」
また一人、睨む者が増えた。
しかし普段から、霞や松下先輩の相手をしている俺は伊達じゃない。ここで、得意の話を逸らす技を使うことにした。
「ところで朱良さんは、何故出雲まで来られたんですか?」
「そうですね。その前に、わたくしのことも名前で呼んでくださいな」
「えっ」
「折角の仲じゃないですか」
それって、裸を見せ合ったってこと?
「みなさん、名前で呼び合っているんでしょ? わたくしも仲間に入れてくださいよ」
「そうね。堅苦しいしのも何だし、ここはそうさせてもらいましょうよ」
松下先輩の言うとおりで、堅苦しいもんな。そうそう、これから事情も話してくれるみたいだし。
そして、吹雪さんが理由を教えてくれる。
「わたくしが勤める厳島神社が瀬戸内海に面していることは知っているわよね?」
俺でも、それぐらいは知っている。
「それで秋頃に台風が来たときのできごとなのだけど、離れたところにある宝物庫が波の力で壊れてしまったの。もちろんすぐに、修理に取り掛かろうと思ったわ。でも、保管されていた宝物のせいか化物が住み着き手が着けられなくなって。だから、それを倒すなり追い払うなりできる者が、大社にならいるのではないかと探しにきたの」
化物? というか、厳島神社って。
遺跡の一つだと言われたことを思い出し俺は聞いてみる。
「ひょっとして、水の回廊のことですか?」
「ええ、さすがご存知で。そう呼ばれる場所の一部になるわね」
もう年も明けたというのに、秋から探しているというのだろうか? ならたぶん、もうここでは見つからないのではないだろうか。
考えていると同じことを思ったのだろう。堀田先輩が尋ねた。
「つまり化物を、どうにかできればいいんですよね?」
この後、この前妖怪を倒した山中教官が警察学校の教官であること。そして俺たちも、生徒とはいえ統合局の学校の所属で戦えることを話し「何とかできるかも知れないから」と、月山富田城へ一緒に行こうと誘った。
教官の許可を取る前に勝手なことをやって城にすら入れてもらえない可能性も考えたが、土の遺跡探しへの手がかりはないのだから反対はされないだろうというわけだ。
吹雪さんは聞くと喜んでくれ、俺たちにお昼をご馳走してくれる。そしてその足で、二輪車三輪車を一列に並べ走らせると城へ戻るのであった。
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