第65話 月山富田城

「御免」

 山中教官は出身地だけあって、迷わず一軒の鍛冶屋を選んだ。

 声を聞きこちらにきた刀工は太目の体に顎鬚で、ここの親方だろうか? 山中教官とは顔見知りらしく、俺たちを新顔だと見るとそのまま店の中を案内してくれた。

 おじさんが黙々と一人で叩いてるのかと思ったけど、刀鍛冶だけでなく、鞘師、研師とぎしと分業体制なのだとか。しかも、材料を用意する施設や職人はまた別だというのだから奥が深い。

「と、言うわけだ。親方、石を付けられる特別な槍を頼む」

 やっぱり親方だったようだ。案内が終わった後、山中教官が注文をしている。

 しかし親方は、考え込んでしまう。

「う~ん」

「どうした? 金なら心配ないが」

「いや、そうじゃねえんだ」

「ではなんだ。お前のところなら、石を付けられるものも作れるだろう」

「ああ。問題はだな、“槍”だからなんだ。叩く薙刀なら作れるが、鉄を溶かしきって一気に型へ流し込む製法の剣や槍はここでは作れねえ。そこまでの温度に上げられる炉がこの辺にはねえんだよ」

 悩む山中教官は、俺たちに武器を持ってこさせ親方に見せてみることにした。

「うーん、やはりこの型の槍は無理だな。それより、お前さんの打刀ひでえな」

 堀田先輩の刀を見た親方がそう言い、そして土属性だと気がついたからか続ける。

「付ける石は土属性なんだろ? お前さんも土属性じゃねえか」

 意味を理解した堀田先輩が答える。

「そうなんですが、刀は火属性の石の方が向いてますよね? もったいなくないですか?」

「そりゃ俺は作るだけだから、今使おうと取っておこうとどちらでもいいけどよ、土属性のやつが使うと分かってるならそれなり物、作ってみせるが」

 ここで長三郎がガックリする。そう、風向きが変わったと気がついたからだ。

「堀田先輩が、亀をぐりぐりやったからですよ」

「いや長三郎、だからさ、もうちょっと考えるからさ」

「もういいですよ。山中教官、俺、納得したんで、堀田先輩の刀作りましょう」

 少し間を置いてから山中教官が熱く語る。それは、無駄に激しく勢いがあった京での出会いを思い出させるものであった。

「よくぞ言った伊丹! 冷静な分析、仲間思いの熱き男!!」

 ……。

「じゃあ作りますよ?」

 親方、熱き教官を気にしないで普通に話し進めてるけど、馴れってやつ?

「お願いします」

 堀田先輩が頭を下げる。

「で、山中様。お支払いは尼子様でよろしいでしょうか?」

「いえ、『警察統合局神託部本部連邦調査隊管理課』で請求書はお願いします」

「なげえな……」

 親方も不満を言うことがあるんだな。

「それじゃあ石の方は城で加工してから運ばせるので」

 なるほど、原石の加工はここではできないらしい。

 そして外から、団子を食べに行っていた秋上さんが呼ぶ声が聞こえてくる。

「日が落ちる、早く城に行くぞ」

 こうして、山中教官が乗る三輪車と秋上さんが乗る三輪車に続き人員輸送車で城に行くと、門が開き一緒に潜ることができるのである。

「え? 今日は旅籠じゃなくて城なの? ねえ城なの?」

 いつもと違い、キョロキョロするのは俺だけじゃない。

「ひょっとして山中教官って偉い人なのか?」

 長三郎も、落ち込んでいた気持ちが驚きを前に晴れたようだ。


 月山富田城がっさんとだじょうは名前の通り山城だ。

 入城が許されたとはいえ、本丸、二の丸三の丸と、そそり立つその場所へはもちろん入れてもらえない。それでも俺たちは、堀のすぐ内側にある侍屋敷から二部屋を割り当てられ泊まることができた。

「興奮してあまり眠れなかったよ」

 ただの詰め所と言ってしまえばそれまでだけど、侍に憧れていた俺にとっては名前が残る建物で朝を迎えられただけでも特別なことだ。

「俺はそこまでじゃないけど、城に泊まれたことはやっぱりうれしいよな」

 昨日あんなに喜んでいたのに、長三郎のやつ見栄張ってるな。

まかない処いかないといけないから、二人とも早く布団畳んでよ」

 堀田先輩が言うように、旅籠ではないので食事を運んでくれたりはしない。そして賄い処はあくまでも詰めている兵のためにあるのだから、お客さん扱いなどはしてくれない。もたもたしていては、メシにありつけないのだ。

 並び配膳された大きな皿には、米や山菜が雑に盛られている。

「量が半端ないね」

「そうだな。どうせなら、もう少しおかずを増やして欲しいな」

 俺も器を分けてくれとか仕切りのある器でとは言わないけど、長三郎が言うようにおかずが少ないと思う。

 席に座り、そんな話をしながら食べていると、穂見月たちが三人揃ってこちらにくる。

「おはよう、みんな」「おはよう」

 三人が食卓を挟んで腰掛けようとしているときから、そこに置かれた大皿の違いに気づく。

「そっちの魚、大きくない?」

「何よ隼人、せこいわね」

 また余計なことを言ってしまい、松下先輩に言われてしまう。

「おまけでチュ」

 霞に言われるまでもなく、配膳係は女性陣に甘いらしいとはわかる。

 だけどやっぱりおかず少ないよな。昔は、魚や鳥肉が貴重だったから侍でもあまり食べられなかったとは聞くけど、そこまで侍っぽくなくてもいいんだけどな。

「食事は済んだか?」

 しばらくすると、山中教官が賄い処に入ってくる。別に、食べにきたわけではない。

 山中教官は個人の屋敷を城内に割り当てられていて、自分の屋敷で食事も済ませていたからだ。

 そして今も返事をしようとすると、周りの兵たちが軽くだが丁寧にお辞儀をしていることで、偉かったんだと気づかされる。

「それじゃあ六人とも、会わせたいやつがいるからついてこい」


 言われるまま、馬繋うまつなぎの残る駐車場を越え、横にあった倉庫までついて行く。配置といい建物といい、ここは装備保管庫のようだが。

「紹介しよう、原石の加工をやってくれる、寺本てらもと全紙朗ぜんしろうだ」

 中にいたのは、細身で背も高くなく、山中教官や秋上さんと比べると迫力に欠ける男だった。

「普段は車両整備をやってるんだが、装備や石の加工もできるから心配しないでくれ」

 見た目だけでなく、専門でもないのかと本当に心配になってしまったけど、よく考えると浅井教官も見た目の優しさと違って思い切ったことをやる人だったから凄腕の可能性もある。

 ここで松下先輩が、石のことなどお構いなしに大きな声を出すのでビックリする。

「車両整備って、あの二輪車や三輪車をですか?」

「あ、ああ。そうだよ。車と違って外注なんてほとんどしないからな」

「京を出る時に、ここなら予備の車両があるって聞いたんですが使わせてくれませんか?」

「えっ、えーと。山中、この人はお前の嫁か?」

「おい! 寺本。なんでいきなり嫁になる」

「いや、随分変わったことを言うし、城で二輪に乗れるとか、普通言わんだろ」

「違う違う、ただ俺の三輪車を見たときに乗りたいと言われたからそう答えただけだ」

「そうか。お前ずっと、早く嫁が欲しいと言っていたから、それを口実に口説いたのかと思ったが」

「自分でいうのもなんだが、俺は奥手なんだ」

 山中教官……ほんと、自分で言うようなことではないと思う。

「ならさ、みんなで借りて、出雲大社に行きましょうよ。縁結びの神様いるらしいからさ、山中教官のお願いをしに、ね」

 そんなに余っているわけがないだろうと思ったら、寺本さんが断らない。

「そうだな、刀ができるまで暇だろうから、行ってこいよ。山中は自分ので行くとして、荷物がないんだから必要なの三台だろ」

「でも免許がないんですけど」

 車と同じなのか分からなかったけど、一年の四人はどちらにしろ持っていないので俺はそう答えるのだが。

「どっちにしても初めてなら練習いるだろし、午前中には乗れるようになるって。そしたら、うちの藩名義で免許出すからさ」

 ここで出せるのは三輪車までしか運転できないものだと言うのだけど、こんなに簡単に免許ってもらっていいものなのだろうか? 兎の苦労って、なんだったのだろうかと思い出す。

 そして、別にいらないという穂見月以外の一年三人も免許を手に入れ、昼を食べると出発する。

 はぁー。穂見月を横に乗せたかったな。

 松下先輩が二輪がいいとか言い出すから、寺本さん一年の三人分まで二輪車にしちゃったじゃないか!

 そういうことで穂見月は、堀田先輩が運転する側車に乗ることになった。縁結びはどこにいったんだよ。

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