第64話 山陰道

 福知山宿で遅い昼ごはんを食べ、円山川を渡ってから沿うように進めば八鹿ようか宿だ。

 山中教官から、ここを北上すれば但馬国たじまのくにで最大の穀倉地帯があり渡り鳥も見れると聞いたので寄ってみたかったが、村岡宿へ向うため街道を西に行く。

 そして走り続ければ、今日、泊まる予定の鳥取宿である。

 町に入るとさっそく旅籠を取るが、出発が遅かったので砂丘には遊びに行けず、明日少しだけ寄ってくれることになった。


 翌日、すぐに海の匂いがしてくる。

 砂丘の前で車を止めるとみんなで登っていく。

「意外と急だね」

「なんだ隼人、ばてたのか?」

「いやいや、足腰の訓練になりそうだなって」

 長三郎は、丘がひとつでないと知っていたのかな?

 知らなかった俺は、海が見える丘の天辺に着いたとき終わりがあってよかったなと思う。

「どこまで続いてるのかしら?」

 壮大な景色を楽しんでいる穂見月と違って、ため息をつく俺の姿を見て霞が聞いてくる。

「どうした隼人」

「この後もずっと移動かと思うと……お尻、痛くない?」

 そういうことで、別に丘に登ったことが辛かったわけではなかった。

「貧弱でチュ。修行が足りないでチュ」

 修行って、どんな修行をすれば……と、口から出そうになったけど、罠の予感しかしないので聞かないことにする。

「でも丁度、この近くに治すための方法があるでチュ」

「近くに?」

 すると霞は言いました。

「昔々、離れ小島に兎がいました。その兎は陸側に渡りたいと思いましたが、船舶免許を持っていなかったので船を借りることができませんでした」

 船も車と同じで免許がいるんだな。学校で取らせてもらえるのかな?

「そこでサメをたぶらかします。ちなみに、サメを漢字で書くと鮫吉先輩の鮫なのです」

 物語に先輩も出てきたな。

「数えてやるので、一列に並ぶピョン!」

 うさぎはピョンと鳴かないと思うが。

「なぜ数えてもらう必要があるのかわからなかったサメたちでしたが、周りのサメたちが並んでいるしと、その場の空気でとりあえず並ぶことにしました」

 サメも空気読むんだな。

「いまだピョン! 兎は並んだサメの上を次々に跳びはね、陸に渡ることに成功しました。そしてサメたちは言います。『何匹いた?』」

 お尻の話から逸れてないか?

「『えっとー……』兎は答えません。理由は、三以上数えられなかったからです」

 それじゃあ船舶免許は厳しいよな。

「騙されたサメたちでしたが、怒りに任せ兎を食べてしまうという愚行はしませんでした。そう、毛だけを毟り取り来年も取ってやろうと思ったのです」

「なあ、霞。お尻の痛いのを治す方法は出てこないの?」

「よく聞け。ここからだピョン」

 あれ? チュじゃなくてピョンになっちゃってるけど。

「全身の毛を毟られた兎が寒いし痛いしで困っていると、通りがかったおっさんに『そこの池に入っとけ』と言われます。すると元に戻りましたとさ。めでたしめでたし」

 ここからと言う割りに、最後、雑だったな。

「つまり、その池に入れば治るでチュ。不増不減の池という名で、今でも残ってるので寄るのだ」

「うーん。それって、毛が生えただけじゃないの? お尻、毛だらけになるの嫌なんだけど」

 ……。

「あんたたち何時まで馬鹿なこと話してるの? 車に戻るわよ」

 松下先輩に言われ振り返ると、長三郎も穂見月も斜面を下っている。

「待ってよ、みんな」

 昔話を聞くために登ったみたいになっちゃったなと思いながら追いかけるのであった。


 出発し、千代せんだい川を渡ってもまだ砂丘が続いている。

「隼人、池のある神社、本当に寄らなくてもいいでチュか?」

「いいよ。行きたいの霞なんじゃないの?」

「あたいも十分、毛はあるでチュ」

 横で穂見月が、何の事かと怪訝そうな顔をしている。折角だから、みんなにも話してあげればいいのに。


 その後車は神社以外も止まることなく、次に休んだのは赤崎宿での厠休憩のときであった。

 村から見える山に穂見月が言う。

「富士山みたいね」

「今年は雪が少ないな。まあ、俺たちにとっては好都合だが」

 山中教官によると大山だいせんという名で名所らしく、そしてこれが見えれば安来までもう一息だという。


 次にお昼のため、淀江宿で止ると食事処に入った。

「淀江って、秋上さんが戻るって言ってたところですよね?」

「ああ、船が用意できる規模の港だからな」

 俺の話に山中教官が答えていると、秋上さんが現れる。噂をすればなんとやらだ。

「遅い!」

 いきなりである。

「食べていると現れるでチュ」

「だから見た目でメシを要求すると思うな! 失礼な」

 失礼さでは、どっちもどっちだと思うけど。

「それで山中、俺も月山に戻るから一緒に行こうじゃないか」

「なんだ秋上、待っていてくれたのか?」

 山中教官が聞くと、前日の夕方には着いていたのに出発しないで待っていたらしいのだ。そりゃ、あの船なら早いよな。

 だけど一緒に行こうなんて、秋上さんは寂しがりやさんなんだな。

「待っていたもなにも、砂浜で壊された胴丸の修理代まだ貰ってないぞ!」

「何を言っている、勝手に勝負を挑んでおいて。それよりも、お前の作戦のせいで装備が生臭くなったから手入れをするための費用を払え!」

「ふん! お前にはお似合いだ」

 結局、一緒に行くことになる。何なんだこの二人。

 ところで“お似合い”の理由を後になって聞くのだが、米子の戦で捕虜になったとき、何でも尾高城から逃げるために厠の汲み取りから逃げたことがあったとか。

 その米子を越えると、いよいよ安来宿である。

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