第62話 海岸迎撃

「嘘だろ、こっちに木箱が飛んでくるぞ」

「それより、海面を見て!」

 松下先輩が言うのでそちら見ると、高速でこちらに移動してくる大きな影が海中にある。

 ガッシャン!

 冷たいと思った次の瞬間、俺の上を通り過ぎて行った最後の木箱が岩に当たる音がする。

 海面に注目していて気づくのが遅れたぜ。

 松下先輩が余計なことを言ってくれたおかげでなんかベトベトになったが、それどころではないようだ。

 頭、そして島のような甲羅が浮上してくる。

「亀だな」

「亀ね」

 山中教官が言うまでもなく、松下先輩が言うまでもなく亀だ。

 そして亀はそのまま上陸して、撒き散らされた魚を頬張りながら回っている。

「完全に陸に上がってしまって海上にいる連中の援護は受けられないが、全身が露になっている今こそ好機だな。いくぞ!」

 いくぞ! って、山中教官の武器、見たことないんだけど? それに船から降りた伝令も貧弱そうだし、俺が行くしかないわけね。

「松下先輩! 俺が行きます。学校で練習していたときとは違うところを見せますよ」

「あー、ハイハイ。回復は任せといて」

 デリャァァァーーー!!

 直進して突きを繰り出す。

 俺が近づいていることには気がついていただろう。それでも食べることに集中し、お構いなしの態度を取るのだから亀には障害なく槍が届く。

 それで、とりあえず突いた先はといえば右前足であった。この巨体を考えれば被害は小さいだろうが、バカな俺だって亀の甲羅を壊せるとは思っていない。そりゃ、槍が石つきだったなら、致命傷を狙ってど真ん中を狙うけどさ。

 だがしかし、その足にすら穂先が刺さったというより挟まった程度で槍は止ってしまう。

 亀は口を動かすのを止め、喉から飲み込むような音がしたと思った後のっそり頭をこちらへ回した。

 なんだ。

 真っ黒な大きな目が俺を見ている。

 表情というものはなく、やめてくれと泣いているのか痛みを感じてすらいないのかは分からない。

 間合いを取って仕切りなおそうと俺が後ろへ少し跳ねると、合わせて跳ねた亀は頭の先をこちらに残したまま体を四分の三ほど右回転させた。

 意外と機敏なところもあるな。

 そう思っていると、口を大きく開けてくる。

 威嚇のつもりか?

 だが大きく開けた口の中央が、ほのかに光りだす。

 ん?

 俺はもう一段後ろに跳ねる。と、亀の口の中で作られた光りの塊が瞬く間にこちらへ飛んできたのだ。

 体を引くようにかわすが紙一重であり、見送るとその光り塊は海岸線に立ち並ぶ岩のひとつに当たった。

 ボカーン!!

 その音は、遥か後にあった岩に穴を開けた音であった。

「ふざけるなよ!」

 聞いていないとばかりに怒る俺とは違い、とぼけた亀は海の方へ体を動かす。

 テュン! テュン!

 海の中に逃げられては戦いにくいからと、各船が海と亀のあいだに弓を放ってくる。

 それはいい。考え方も正しいと思うし、亀の足は確かに止ったからな。

 だが再び、口元が光りだす。……だよな。

 この後、移動先がない亀は怒りに任せ光りの玉を撒き散らすように連射してくる。同じ場所にいて、攻撃もそこそこ間隔があるのだから近づけるとは思う。だけど、当たれば一撃であの世行きの火力に近づく気になれない。そもそも攻撃が通じないんだし。

「なによ長三郎? チラチラこっち見られても、私だって知らないわよこんなの」

 松下先輩に助言を求めようとしたが先に言われてしまい、山中教官を探す。

 いない? おい! 教官どこだよ!!

「嗚呼、願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」

 鉢金をした山中教官が、頭ひとつ高い岩の上で輝く鎧を着て両手を広げている。

 側車に載せてあるときは布が掛かっていたから分からなかったが、一枚板でできた胴回りが光る立派な具足ぐそくだ。

「よし、伊丹。あそこの岩に亀を引きつけながら登るんだ!」

「引きつけるって、どう……ですか?」

「テキトウに突いたら追いかけてくるだろう」

 すでに怒り心頭の亀が挑発に乗ってくるのか疑問だが、囮になって釣らなきゃいけないらしい。

 クッソ。やってみるしかねえか。

 隙を見て近づき、槍を回すと石突きで亀の顔を強打する。

 すると動きが止り、口を閉じながらこちらを見る。

 あれ? 俺とやる気になちゃったのかな。

 亀は鼻をピクピク動かすと、俺の方へのっそり進みだした。

 マジかよ。

 よくわかんねえが、あとは岩に登ればいいんだろ!

 逃げながら怒りの視線を山中教官の方へ向けると、うなづく教官のその後ろに三番船から降りた連絡員と複数の人が木でできた枠を押している。

 そうゆうことか。

 俺が積み上がっている岩をひょいひょい登っていくと、亀もゆっくりついてくる。

 吹き降ろす風で、髪に染み付いた臭いが俺自身の鼻でも分かる。

 くさい。

 登りきり見下ろすと亀はまだ中腹でノソノソしており、一方山中教官は準備万端だ。

(「いくぞ!」)

 山中教官はたぶん、周りにそう言っている。

 そして山中教官が手を振り下ろすと、巨木が書いた一筋の線が俺の乗っている岩に突き刺さった。

 もちろん亀、諸共だ。

 甲羅の中心を突き抜かれ岩に固定された亀は少しずつ動きが鈍くなっていき、もう時間の問題であった。


 山中教官と松下先輩のところまで戻り待っていると、三艘の船と家臣を堤に残してきたという秋上さんと隼人たちに合流した。

「やったな!」

 俺の肩に腕をかぶせ盛り上がる隼人とは対照的に、秋上さんは冷静に話し出す。

「山中、それはか?」

「そうだ」

「そんなものどこから持って来たんだ」

 山中教官は「彼らに借りた」と、弩の周りにいる人たちに手を向けた。

 どうやら漁村の人たちのようで、連絡員と一緒に弩を運んでいたのも彼らである。

「なるほど、捕鯨用のものか。亀の攻撃に劣らない岩をも砕く威力、天晴れだな」

「へぇ、ありがとうごぜいます」

 漁民たちから不満を感じることはないが、秋上さんの言葉に嬉しそうにする様子でもなく、たどたどしい雰囲気だけがあった。

 そんなことを思っていると、亀がいた岩の方から大きな音がする。岩に刺さっていた亀が重みで矢ごと落ちたようだ。

「さて、見に行こうじゃないか」

 山中教官に続き、ぞろぞろ漁民たちまで連れて亀を見に行く。すると、下で仰向けになりもう動いていない亀の甲羅の砕けた部分から、光沢のある石が覗いている。間違いない、共鳴石だ。

「教官、取り出しますよ?」

 堀田先輩が許可をもらい亀に上ると、刀でぐりぐりやっている。

「お前たちご苦労であったな。これで漁もできるだろう」

「へぇ、それではあっしらはこれで」

 山中教官の労う言葉にも苦笑いのままで帰ろうとする漁民たちに、俺は手伝いを申し出ることにした。

「山中教官、弩を村まで運ぶの手伝ってきますね」


 漁民たちと、一緒に手伝いを申し出た隼人と弩を村まで運んで行く。

「下りだから幾分楽かな?」

 隼人に話しかけたつもりだったが漁民の一人が答える。

「いえいえ、下りでも手伝っていただけて助かります。ところで御二人方はあの方の息子さんですかい?」

「いえ、先生というか上司というか」

「そうですけ。いやー、驚きました」

「え? ああ、でもこれで漁はできるんじゃないんですかね?」

「いえ、そうじゃありませんよ。あの金ぴかの鎧です」

 そっか。随分、丁寧に話してくれていると思ったら。

 確かに俺でも立派な鎧だと思った。彼らが協力した理由は海を荒らす亀を倒すと聞いたからではなく、あの具足に驚いたからなんだ。

 子供相手と口が緩み本音がこぼれたのだろう。山中教官がそれを狙ってやったとは考えづらいけど、鎧の使い方を間違えないで欲しいものである。

「ここでいいですか?」

「ありがとうございやした。あとはこちらでできますので」

「では。隼人、行こうか」

「ああ」

 弩を運び終わった俺と隼人は、今日の旅籠を取るという街に向うことにした。

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