第61話 石つきの弓
船を回してくるという秋上さんと一度分かれた俺たちは、
問題は、魚を積んだ船は襲われてしまうので、秋上さんの船に買い付けた魚はまだ積めないということであった。つまり、買った魚は俺たちと一緒に人員輸送車に乗っていた。
「ちょっと臭ってきてるかも」
顔を背けて言う穂見月と同じで、俺も気にはなっていた。
「そうだね。早く降ろしたいし、痛んで餌に使えなくなっても困るよね」
これに霞が、もっともなことを言う。
「船は岬を回り込んでくるんだから、すぐには来んぞ」
だが、そうはならなかった。
「おーい」
石を積み上げ作られた堤で待っていると、三艘並びこちらへ向ってくる小船の一艘から手を振るデカい人物が見える。顔で判断するまでもない、秋上さんだ。
「早かったですね」
船が寄せられたところで、待たされる覚悟をしていた俺が秋上さんに話しかけていると、その横で船を覗き込んていた松下先輩が気になることがあるようで指摘する。
「秋上さん、ひょっとしてこれ?」
「そうだ。三輪車の発動機を後方に載せてある。これで羽を回し船を押している」
どおりで早いわけだ。
各小船に二人ずつしか乗っていないのに、どちらも漕ぎ手をやっていない不自然さに今ごろ気がつく。これなら、操作している後方の一人を除いて戦えるということになる。
「早速だが、この船に魚を移してくれ」
秋上さんに指示され木箱に入った魚を運び込んでいるとさらに、
「組み分けだが、魚を乗せた俺の船に、矢でも挑発できるよう弓持ち」
「仁科です」
「二番船は運転手」
「堀田です」
「三番船に石つきのお前と槍のお前」
「中条です」「伊丹です」
「地上に山中と回復と小さい女だな」
「松下です」「根津でチュ」
と、早口で続けて指定される。
「で、代わりに三番船から一人陸へ連絡要員を降ろす。山中、それでいいな?」
これで各船三人になり、問題がないかと思われたところを山中教官がとめる。
「ちょっと待て、秋上。伊丹の顔色が悪いようだ」
「いえ、ちょっと……」
ハッキリしない長三郎に松下先輩が、
「あれでしょ」
と言うと、
「あれでチュ」
と、霞が冷やかし答える。
「陸の担当にしてくれませんかね?」
長三郎は弱々しく、正直にお願いした。
「そうか? まあ、うちの兵も乗ってるから大丈夫だろう。じゃあ、伊丹のところは根津と交代な」
「失礼でチュ。長三郎よりあたいの方が強いでチュ」
仕方なさそうに言われた霞が失礼だと思うのも分かるけど、名前を覚えてもらえない俺からすると大した失礼ではないような気もする。
それはさて置き作戦はこうだ。
魚を積んだ一艘の船を亀に追わせ、左右から挟撃しつつ囮の船は陸へ向って逃げる。そして最後は、陸と左右三方向からの包囲をするというものであった。
だけどこれだと、陸と亀に挟まれる一番危険な役回りに穂見月の乗った船があたることになる。移動中に、新しくなった弓で使いこなせるか不安だと穂見月が話していたことを考えると、心配でしょうがないわけで。
秋上さんは、“釣れれば何とかなる”と簡単に言っているけど、囮の船が潰される前に亀を倒すことができるのだろうか?
俺の不安をよそに、魚の積み込みぐらいしかない準備が終わると作戦はすぐに開始されるのであった。
三艘の船は一列に並び沖へ進んで行く。
天候もよく湾内なので、波は思ったよりマシである。
うん? 海中に影が見える。
座礁しそうな浅瀬が、俺の乗る三番船と併走し横を今追い越して行こうとしている。
間違いない。これが目標の亀だ。
様子を伺うでもなく、先頭の一番船へ一目散といったところだ。噂が広がり誰も漁に出ていないのだから、襲う船もなく腹を空かせていたのだろう。
「そっちに向ってます。秋上さん! 秋上さん!!」
大声で叫ぶ俺に、こちらを振り向いて亀の影を確認した秋上さんは分かっているとばかりに小さく二回頷いてみせる。
そりゃ十五、いや二十尺はあるだろうこの大きさなら見れば分かるだろうけど、絶対想定の外であの余裕は嘘だろうな。だって、つぶらな瞳がここからでも確認できるのだから。
そんな秋上さんは操作する家臣に指示を出していて、船は速度を上げていく。
後ろの白波が大きくなった一番船は、長三郎たちが待つ陸の方へ発動機を全開にして向っているようだ。方向はいいんだけど、これでは俺たちの乗った船も追いつけず、ただ一列に並んだまま亀と併走しているだけだ。
包囲できないんだけど……必死に逃げてる?
******
「よし! なんとか距離を保っているぞ!」
あれ、秋上さん、なんか必死かな? 声が裏返ってるけど。
「えっと秋上さん、隼人たちが乗った二番船と三番船が追いつけないようですけど包囲するんじゃ?」
「うん? 仁科とか言ったか? あれだあれ」
「どれですか?」
「弓、弓を使うんだ」
「そうは言っても海の中の亀になんて当たらないと思いますけど」
「違う違う。そこの魚を矢の先につけて、左右にテキトウに放て。亀が餌に釣られ直進してこなければ時間が稼げる」
「……」
「どうした、何をやっている?」
「……この弓、始めて使うんです。……なのに生魚なんて撃ったら臭いが染み付いてしまいます」
「あぁ?」
「嫌です! 絶対に。こんな立派な石つきの弓をいただいたのに、初陣で臭いが染み付くなんて。考えられません!」
「いや、ちょっとおい! お前あれが見えないのか? あんなデカイのに体当たりされたらひとたまりもないんだからそんな場合じゃないだろ」
ヤダヤダヤダ……ずっと持つ弓が、こんな臭いになるなんて。
「秋上様! 秋上様!」
「なんだ! 今もめているのが分からんのんか?」
ほらほら、家臣の方が呼んでますよ。
「いやしかし、このままでは陸に衝突しますが?」
「おい! それを早く言わんか! ええーい、クソッたれが!!」
秋上さんは魚の入った木箱を両手で抱え上げると、松下先輩たちがいる岩場の方へ次々と投げ飛ばす。
「どすこい! どすこい! どすこい!!」
うわ! シルが……じゃなかった、すごい! 怪力ってやつね。
漏れる汁が放射線を描くと木箱は岩場まで届き、岩に当たったそれが壊れると中の魚が一帯に飛び散っている。
「どうだー!」
気合を入れる秋上さんの下を亀の影は通り過ぎ、陸地へ向って行く。
「ふぅー、弓が汚れないで良かった」
私は小さくつぶやいた。
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